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1010

何もしない一日。


2009.10.11(Sun) - 日本日記


1009

谷口事務所からバイトに来いと連絡があったので行く。
朝10時半から夜12時前まで働く。
1日中、コンターを引いて、切りまくった。
体重減った。
要領のよさ、正確さ、機密保持
ということでブログにバイトの詳細を書くわけに行かない。
感想はあるのだが、どうしたものか。



2009.10.11(Sun) - 日本日記


0721

昼過ぎ起床。
一日、留学成果発表用pptの作業を続ける。

はかどらない。原因は何をしゃべればいいか、トピックがみつからないからだ。
課題内容は紹介することで、日本とポルトガルの教育の違いを共有できると思う。
そのほかの視点がみつからない。

以下、現状認識をアンカーする。次のステップに移るために。

リスボンを紹介すると、ただリスボンの良い点を紹介することでおわってしまう気がする。
リスボンが魅力的である理由の一つは、パリやロンドンやマドリッドといった中心からはずれたコンパクトシティであることだと思う。
・観光地はまとまって川沿いに存在し、非常にわかりやすい。
そこに路面電車が残され、アップダウンのあるスローな移動手段として愛されている。
・同じく川沿いに、市民の飲み屋街であるbairo altoや昔からの中心rossio parkが存在する。それをみるのは観光客にとっては楽しいことだ。店にとっても、売り上げがあったりするだろうから、この隣接は観光客と一般市民のオープンな関係を作り出すのに一役かっている。
・大都市ではないので、みな人々が素朴だ。
 
リスボンは「大きな村」だと思う。
舗装の手づくり、人の素朴さ、観光客と住民の重なり合い、大きな道路がはずれにあり、小さな道が生活の近くに多かったこと。正確に言うと、リスボンでの生活の中心地をバイシャ周辺に置くと、村らしい生活ができるということだ。

リスボンを歩いたときに観察してみようと思ったこと。
舗装、駐車、路面電車。
舗装:小さくはない町のいたるところに使われている、白い舗装。ポルトガルの強い光が反射して、町が輝いて明るく見える。黒石で場所ごとに異なる模様がつけられている。ずれやめくれあがりがあり、これが手仕事であることがすぐわかる。石と石の間に土が残る。古くてでこぼこしていると、少し歩きにくい。ポルトガル全土でみられるポルトガルの町、村の特徴。
駐車:狭い道のほとんど路上駐車が可能。駐車場を完備していない建物が多い。目的地の近くに車をとめられないこともしばしば。いつも同じ場所にはとめられない。町全体が細長く続く大きな駐車場のような感覚。道は目的地へのアプローチ空間。
角の曲がった建物や中央分離帯:歩道と道路の境界線が曲がる。島のような中央分離帯。線でおわらせず、埋める。手仕事ですべて埋める。手間がかかるが徹底してやるという美学。観光都市というプレッシャー。でも新しい技術に惑わされない。

ポルトガルの村
・コンバージョン。
例えば、城跡にスロープを付け加える。岩に手すりを付け加える。いままでなされなかった、観光客もしくは老人のための補助の方法。その方法は「打ち付ける」という表現がぴったりだ。スロープも離されているが、しっかりと「打ち付けられている」。他の例としては、ガラス枠のはめ方ひとつで、しっかりと固定させるように見せるか、ただガラスが入っているように見せるか、それで印象や意味はかわってくる。
シーリング等のディテールの新しい技術が、変わらない石の廃屋と結合され、村の一部となる。村人以外のイギリス人やドイツ人が村の廃屋を買って別荘にしているという。多様な人の選択によって、多様な技術によって、時間の積層の様々な方法が物質化する。観光資源を理由に、建物のファサードは統一され、礎石造の建物は微妙な違いをみせる。
・仮設的なテント
しばしば広場では市場が開かれる。リスボアでも開かれるし、中規模の村でも開かれる。小さな村では見たことがない。商人は車でやってくる。テントを建てる際、杭を打ち込むのだが、それは舗装の石と石の間の隙間に挿入される。土をのこした舗装と、シンプルな先のとがった杭。手仕事と誤差のある石の形状から生まれた、商売のプラグイン・システム。
・斜面に広がる舗装
路面という細長い斜面いっぱいに、大きさがまちまちの石を手仕事で敷き詰めようとする。そこには基準線はないので、無数の曲線または弧が路面にあらわれる。急な川のなかでまるで水がいくつも渦がまくように。雨が降って実際に道に水が流れると不思議な世界になる。
・異物
起源論のように話せば、巨大な石の隙間を、移動可能な小さな石でうめることによって、人は住居をつくった。雨宿りができるような、自分のいる場所が先にあって、そこの周りを石で囲ったともかんがえられる。巨石は与えられたものである。人が作らなくても良かった、すでにあった基盤である。インフラ以前、建築以前である。そんな想像をさせる物体が村の外にも中にころがっている。
しかし、住むために修繕が必要なモノとしてみれば、廃屋と同じレベルである。すでに村内部は密集しているから、その中の巨石は、周囲の状況と何らかの関係を結んでいる場合がほとんどだ。生活の中では、すべては、コンバージョンなのだ。
これらを重ね合わせると、荒野に起立する巨石を小さな石で埋めることもコンバージョンのようにとらえることができる。村の中に埋もれた巨石の近くの民家を修復して住むことも、建築が生まれた時の住処を想像することができる。建築以前と建築以後が重ね合わさって、自然と建築の意味が同レベルになる。

説得力をもつ発表にしたい。


2009.07.22(Wed) - 日本日記


0718

朝8時半、建築教育国際会議を聴くため、家を発つ。
10時到着、すでに会議は始まっている。
山本理顕、難波和彦が、共通の話題として、設計者と一般人、建築界と社会の乖離をコンピューターの限定的な使い方に見ているのに対し、
マーク・ウィグリー、スタン・アレンなど他の発表者は、地域的なコンピューターの使用法の発達に楽観的期待をよせていた。
このギャップが興味深かった。
日本人は日本のおかれている特異な状況を理解せずに、世界へ問題提起をしている。
逆にアメリカ人は、共通の問題意識を持とうとする危機感に欠けている。
歩み寄れば話が膨らんでいきそうだったのに、しぼんでしまったような印象の討論だった。

Fとポルトガルについて話す。
チケット、課題、むこうでの生活の話など。
あらためて自分がリスボンでの生活を宝物のように感じていることを確認した。

突然思い立って、18時から『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見る。
テンポや一連のデザインなど、TVverと変わらないところを残しながらも、
ストーリーは大幅にわかりやすくなっている。
サークルの友人達と久々の再会。
会社の話、将来の話。新聞でもよまないと、話についていけないな。
1時帰宅。
明け方近くまで作業して就寝。


2009.07.18(Sat) - 日本日記


0717

休息日。
このような体を休める日を時々きちんととることが大事。
リスボンで様々なことを学んだと思う。


2009.07.18(Sat) - 日本日記





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