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読書会のポスター

そのころは教師達がまだワープロでテスト問題用紙を作成していた時代だった。まぁさらにその十年前には手書きで作成していた者がほとんどだったのではなかろうか。その頃にヨシキは自宅のパソコンを使って画像を処理したポスターを作製した。それはヨシキが自発的に行った時間や手間をかけた物事のうち、ほとんど初めてのことであった。ポスターは五つあった学年の教室の一番後ろのコルクボードに貼られた。それは彼らが卒業するまで、ずっと貼ってあった。最初、英語読書会には三人の生徒(そのなかにヨシキもいた)と教師しかいなかった。だが次第に参加する生徒は増え、最後には教室に収まらない程の人数となり、大会議室で行わなければならないまでになった。
だが、それほど盛況となったにもかかわらず、ヨシキは既に読書会に参加しなくなっていた。彼は大勢の人の中にいることが苦手だった。そのため理系にもかかわらず世界史という暗記量が多く受験に不向きな社会科目を選択し、少人数の授業にばかり出ていた。またヨシキの目的は英語を勉強するために勉強会を立ち上げるとか、一人ではなく皆で行うことにより長期的な学習をしようとか、ましてや生徒たちを勉強会に動員することにより注目や評価を得たいとか、そういったことでは無かった。彼はただ追い詰められた状況にいたのであり、暗闇のなかで生きていかざるを得ないと感じていたときに、そこに英語勉強会という可能性があった、というだけだったのである。題材はヘミングウェイにしたいという教師の意見だけがあり、誰からも「やれ」と言われたわけではなかった。だが彼はやらざるを得なかった、と今は感じている。何故だったのか。一つにはそれしかなかったからであり、一つには何か善いと思われることをやらないともうこれ以上生きていることが出来ないと感じたからであり、一つには自己表現をする他の手立てを創造できなかったからである。
ヨシキのパソコンのなかには既にそのとき普通に購入すれば数十万円は当時した画像処理ソフトが入っていた。当時はまだウェブ上でのファイル交換ソフトの規制がほとんど無かった頃であり、さらにソフトウェア上でのユーザー認証の手法も甘かった。画像をウェブ上で入手し、加工し、文字を入力すれば、すぐにポスターは完成した。そのポスターがそのまま学校に貼られたということは少し驚きで、素晴らしい出来栄えだと教師の称賛を得たのはもっと驚きだった。確かにそのような画像を大々的に使ったポスターが簡単に作れる時代ではなかったが、勉強せよ成績を良くせよとトンカチで叩きこむように言われている状況のなかで、その逆方向ともいえる動画やソフトの収集といういわゆる遊びのなかで生まれた産物が称賛されるというのは、不可思議なことだった。
ヨシキは一度だけ大会議室の扉を少しあけて中をのぞいてみた。そこには自分からは遠く離れていると感じられる生徒たちが沢山集っていた。部活動に熱中し、英語にかつては興味を示していなかった者が大勢机に座り、A3のプリントをめくりながら英語を朗読していた。ヨシキは扉をすぐに閉めた。そして廊下を歩き始めた。かなり不思議なそれは光景だった。自分が始めたにもかかわらず、すでにそれに自分は含まれていなかった。だからこう考えることにした。自分が始めたのではなく、やはりそれは可能性がかたちになるプロセスの一端に、自分が力を加えただけのことなのだと。だがそのポスターを何か善きことを世界にしようと思い作ったということは、他のものには知られえないことだった。高校生のヨシキは突き当りの別の扉を開け、図書館の席の自分の参考書の前に一人座り、勉強を再開したのだった。

そして、今、一通のメールが届いていた。「T先生が是非ヨシキ君に会いたがっています」という文面の後に、添付ファイルで先生からのメッセージが添えられていた。ヨシキはそれをクリックした。(201603)
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2016.04.10(Sun) - 詩と作文 2016





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