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プリーモ・レーヴィ 今でなければいつ

アウシュヴィッツの現実体験を、フィクションという器に載せることに成功した。それは文体が良いからだ。鮮やかに人々がうつしだされる心地よさ。P81~P82のカルリス(※完全な脇役)の登場シーン。
「ガイドがこんなものなら、メンデルは喜んで願い下げにしただろう。だが本当に地理に詳しく、特に徒渉地を知り尽くしているの明らかだった。名はカルリスと言い、ラトヴィア人で、二十二歳だった。背は高く、やせていて、金髪で、身ごなしは流れるようになめらかだった。遠方で生まれたのに、なぜポレジアの沼地に詳しいのだろうか?ドイツ人に教えられたのだ、とカルリスは答えた。そのロシア語はたどたどしかった。彼の村ではロシア人よりもドイツ人のほうが評判が良くて、彼も初めのうちはドイツ人びいきだった。彼はドイツ軍につき、パルチザン狩りのやり方を教わった。そう、この地方で。一年ほどいるうちに、隅々まで知り尽くした。だが彼はばかではなくて、スターリングラードの敗北以降、ドイツ軍が破れると見てとり、再度脱走したのだった。彼は顔を崩して、同意を得ようとした。いつも勝つ側についているほうがいいだろう?だが今はヒトラーにもスターリンにも捕まらないよう、注意していなければならない。だからノヴォショールキに逃げ込んだのか、とレオニードはたずねた。もちろんそうだ。個人的には、ユダヤ人には少しも悪い感情はないから。」
うっとりしてしまうほど上手いと思うがいかがだろう?いま目の前に、一人の、得体の知れないが、やり手の、男が現れる。

主人公のメンデルは、仲間で同じユダヤ人であるレオニードの女を奪う。そのレオニードは向こう見ずな戦闘で命を落とす。メンデルはレオニードに対して罪をおかした意識をぬぐい去ることは出来ないが、逃亡を続けるチームの(その女以外の)誰にもそのことを明かすことは出来ない。
しかもその女はメンデルやまわりの男達よりもずっとたくましく、感情を殺して現実を生きている。メンデルが戦争中に初めて見た夢のシーン。
「・・・天井は黒く塗られていて、壁には沢山の時計がかかっていた。時計は止まっていなかった。時を刻む音が聞こえて来た。だがみなまちまちの時刻を指していた。中には反対方向に回っている時もあった。メンデルは漠然とだが、それは自分のせいだと感じた。廊下の奥から平服を着た男がやって来た。ネクタイを締め、見下したような態度を示し、おまえは何ものか、ときいてきた。メンデルは答えられなかった。どんな名前か、どこで生まれたか、何も憶えていなかった。」(p246)

作家が文章を扱うとき、どの文章を残し、どの文章を捨てていくのかという方針があるとすれば、その重みづけだけで、物語を前に進めたり、終わりに近づけたりすることができる。チームのリーダーであるゲダールの、旅路のあいだ美しい旋律を奏で続けるヴァイオリンが、目的地たるイタリアに入らんとする列車の中で、図ったかのように使いものにならなくなるのは、フィクションのなせる技だが、その描写はあまりにもリアルであり、終局的だ。
「その時、不意に乾いた音が響きわたり、ヴァイオリンが沈黙した。ゲダーレは中空に弓を上げたまま立ちつくしていた。ヴァイオリンの底が抜けたのだった。「ヴァイオリンが壊れちまった」とパーヴェルはあざ笑うように言った。他のものたちも笑ったが、ゲダーレは笑わなかった。彼は老齢のヴァイオリンを見つめていた。ルニネーツで彼の命を救い、おそらく別の機会にも知らないうちにそうしていて、倦怠や絶望を乗り越えさせてくれたものだった。彼を狙った銃弾で穴をあけられ、戦争で負傷したので、ハンガリー人のブロンズメダルで飾ったヴァイオリンだった。「何でもないわ、修理させましょうよ」と白いラケルが言った。だがそうではなかった。太陽と悪天候が木を腐らせていたのか、ゲダーレが舞曲をひいていた最中に力を入れすぎたのか、いずれにせよ、修理不可能なほど壊れていた。駒がめりこみ、微妙に盛り上がった楽器の胴体を壊し、中に食い込んでいた。弦はしまりなく、卑しい様子で垂れ下がっていた。もうどうすることもできなかった。ゲダーレは扉の外に手を突きだし、指を開いた。ヴァイオリンは線路の砂利の上に落ち、不吉な鐘の音をたてた。」(p354-355)

PS:竹山―レーヴィは、村上―チャンドラーや窪田―カミュと同様に、無一文になっても読みたい屈指の攻撃陣である。

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2015.05.29(Fri) - 書評 2015





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