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小川洋子 猫を抱いて象と泳ぐ

作者が焦点を当てている人々が明確で、とても読みやすく仕上がっている。(太って)大きくなりすぎた人々(マスター、総婦長さん)と、成長を止めたチェスを指す少年。極大と極小。もちろん静かな美少女ミイラや祖母、祖父、弟、あるいは老婆令嬢、あるいは象や猫も一定の個別の存在感を光らせている。だが極大と極小のコンビネーションが物語に緊張感とリズムを与えているーおそらくそれがどことなく「死」に繋がっているからだ。
作者の描きたいことと、変わった肉体を持つ人物像が、うまく一致しようと、物語のなかでひかれあっている。
そして作者はそれを(いくぶん一辺調子なところがあるものの)丁寧に描いている。

「死んだ人と話をするのなら、少年も得意だった。生きている人を相手にするよりずっと上手に話すことができた。産毛の生えた唇はもともと死者と会話するためにあるのかもしれない、と感じるほどだった」(p77)
「マスターを失ってから、リトル・アリョーヒンが最も怖れたのは、大きくなることだった。身長が伸びる、肩幅が広くなる、筋肉が付く、靴が小さくなる、指が太くなる、喉仏が出る…そうしたあらゆる変化の予感が彼を恐怖の沼に引きずり込んだ」(p126)
「ミイラは尊い犠牲の駒となるのだった。黒いクイーンをおびき出し、ビショップの守りを崩し、キングを孤立させるための犠牲だった。一つの犠牲が根となり、思いもよらない鮮やかな花を咲かせるような勝ち方を、リトル・アリョーヒンは最も愛していた。そしてミイラには、誰もが目を奪われる花弁より、地下に隠れた犠牲の根の方がずっと相応しい気がした」(p221)


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2015.05.29(Fri) - 書評 2015





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