Recently
Archive
Category
Link
Profile


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--.--.--(--) - スポンサー広告


海の望み、木の望み

砂浜に一本の木がありました。
波が打ち寄せ、太陽が照りつけていました。



海が木に呼びかけました。

私はあなたに触れたい。
なのに私の手は届かない。
あなたは私の届かないところにいる。
あなたが生まれたときからそうだった。
どうしようもないことなのかしら。
それでも私はあなたに触れたい。



木はこたえました。

ありがとう。
でも、突然、どうしてなのだろう。
あなたがこうやって話すことができるとは知らなかった。
世の中にはわからないことが、まだまだあるみたいだ。

私はあなたの思っているほど、いいさわり心地ではないかもしれない。
陽に雨にさらされて、虫や鳥がつついてはいで、もう生まれたてのように若々しくはないのだ。
あなたは覚えているだろうか、私があのころ放っていた輝きを。

あなたは太陽に生き物に、汚されたり食べられたりされたとしても、老いることなんてない。
けれども、この私は、もうすぐ死が訪れるのをひたすら待っているのだ。
そんな私に、どうして触れたいのか。
どうして、そんなことをいまさら言うのだろうか。



海はいいました。

あなたは美しい。
あなたは空に向かって枝を伸ばす。
そのかたちは影を残す。
風は私を波立たせるけれど、あなたは葉をなびかせて、かたちを変える。
生き物にはかたちがある。
あなたはとても綺麗。

そういうものに、私はなりたい。
わたしはあなたと触れあいたい。あなたそのものになってしまいたい。
触れたくて触れたくて、こんなにいつも、近くまで来ているのに、
もう少しのところで、いつも、届かない。
大きな大きな引力が、私の背中をつかまえて、後ろからひっぱっているような感じ。



木はこたえました。

たしかに、こんなに大きくたくましくなれたのは、あの太陽とこの砂浜のおかげ。
そして、雲がゆき、雨が雪がまいおりる、水のめぐりかた。
全てにたいして、わたしのなかは感謝であふれている。

こんな姿になったのは、ただただ、太陽が気持ちよかったから。
少しでも近づきたかっただけ。日々そう思っていた。
それで、燃えるようなこのあたたかさが、今日もたまらない。

あなたも、ところで、美しい。
太陽があなたの大きな背中を照らすあいだ、私は目を離すことができない。
昼のあいだは、まるで世界の全てのように、安定している。
陽が出て、または沈むときは、一気に赤く染まって、みんなの声と気持ちをかきたてる。
わたしたちは、親や子供たちのことを思い出して、ひとつになる。
そういうことができるのは、あなたしか知らない。
あなたは、世界の全てそのものとなって、私たちをつつみこんでしまうのだ。



海はいいました。

ありがとう。
だけど私は、実際には、全てだとは思えない。
どうしても。どうしても。

あなたにだって、触れられない。
あなたのような美しいかたちもない。

私のからだのなかには、たくさんの生き物がいる。
今日もいろんな物が、生まれて死んだ。
でも、それは私にとって、ほとんど何も感じないこと。

私に見えるのは、私の存在が消えていく、境界のうえのものごと。
街のホテルやアパートの高層ビル。
小さな港湾の岸壁、市場の小屋。
切り立ったリアス式、フィヨルド式の岩壁。
そして、この白い砂。
そして、あなた。

すべて私にとって、触れることのできないかたちだけが、
私の目にうつり、私の心をとらえるの。
あなたのかたち、あなたの影、あなたのゆがみ、あなたのずっと大きくなってきた姿。



木はしばらく思いをめぐらしてからいいました。

私はあなたについて、私自身に置きかえてみた。
私はあなたのほかに、みることのできる景色がない。
そして、あなたに触れることもできない。
あなたは目の前で、ただただ美しいばかりだ。
しかし、それを苦しみや触れたいと感じたことはなかった。
なぜかあなたにそう言われると、欲望が音もなく歩いてきて、私を苦しめる。

太陽だけがあたたかかった。
鳥たちには食べ物があるが、私には太陽だけだったのだ。

あなたのなかは、ここよりも暗くて、温度も低いようだけれど、
とてもこの砂浜のうえの世界とは違っているようだ。
生まれたときから、こうだったのだ。
わたしたちは、一体全体、このようなものなのだ。
あなたのように、たくさんのものを見ているわけではないのだけれども。

鳥たちは、みな色々な場所のことを私に語りかける。
彼らは、好きなものに触れられる、自分の意志で。
同じ生き物でも私にはできないことだ。
だが、彼らのおかげで、世界の色々なニュースを私は知ることができる。
そして触れてくる手ざわりは、おおむねとてもあたたかい。
私はその感触を静かにいつも、待っている。

ただときどき、私を蹴ったり、切ったり、食べたりするときもある。
そのときは、じっと私は耐える。
それはとても、とても苦しいことだ。



海はいいました。

そうなのね。
わたしも苦しいわ。
触れられるということも、苦しいことがあるのね。
そんなこと、あなたと話さなければわからなかった。
色々なかたちあるものが、なかに入ってくるけれど、そこには何も感情が生まれないの。
どう彼らが私に接したところど、私自身が傷つくわけではないのよ。
それはすぐになかに入ってしまって、すぐに見えなくなってしまうの。
すぐにじぶん自身になってしまうの。

そうすると、いつも触っているこの静かな何も言わない白い砂たちも、痛みを感じているのかもしれない。
私があなたを触ったら、あなたはとても苦しいのかもしれない。



砂は何も言いませんでした。
木も何も言いませんでした。
砂と木は、どういったものかと、お互いを見つめておりました。
というのも、そんなことを考えたこともなかったので、答えに困ったのでした。



耐えかねて、海がふたたび言いました。

ごめんなさい。
私がいけなかった。
触れたいなんて、口に出すべきじゃなかった。
遠くにこのままいることで、何も困ることなんてない。
やっぱりどこかの誰かが、こんな風に私とあなたを決定づけた。
でも、傷つけようと思ったわけじゃない。
それは本当なの。
あなたがとても美しかったから、私はあなたとひとつになりたかった。
私は、私の気持ちを、どうしても見過ごすことができなかったの。

優しさや強さやそういったものを、目の前にいるあなたに感じる。
人間のつくった街や、ほかの生き物たちや、たくさんの岬や、氷山や、
そういったものより、世界にある私のみてきたもののなかでひときわ、
あなたは、静かに、穏やかに、そこに立っている。

だから一瞬でもいいから触りたかった。
少しでもいいから、ひとつになりたかった。
それは永遠とほとんど一緒のことなの。
私、もうこんなことは二度と言わないわ。
もうあなたを傷つけるようなことはしない。
だからせめて、いつまでも近くにいさせてほしい。



木はようやく海に、こう言いました。

地球が生まれてからこのかた、あらゆるものをみてきたあなたに、
そんな風に言われるなんて、身にあまることだ。
近づいてくるあなたは透き通っているし、私は水が大好きだ。
そしてあなたは、この陽のひかりがまっすぐ線をえがく世界とは、別の世界をもっている。
私はそういう場所を全く知らないから、住んでみたいし、その話を聞いてみたい。

ただ私には死が迫っているのだ。
永遠にここに立っているわけではないのだ。
海よ。生まれる前からいままで変わることなく鮮やかな海よ。
あなたも私にとって、そういう意味ではあこがれなのだ。
この恐怖があなたにはわかるだろうか。

さっき私が黙っていたのは、あなたの手触りを想像できなかったからだ。
雨は綺麗にわたしを洗い流してくれる。
それに比べて、あなたの力はとても強そうだ。

あなたがひとつになりたいのならば、私はこの体を差し出すまでだ。
いままでこの地にいるだけだったのだし、もうすぐいなくなる存在なのだから。



そう言うと、木は海のほうに枝をおろしました。
本当に腕を下ろすように、いままで上に向いていた枝を下のほうにむけたのでした。
自分でもそんなことができるとは思わず、木も心底おどろきました。
すると、水面は突然ぐっと下がり、海は逃げてしまいました。






木は言いました。

どうしてあなたは逃げるのです?
私は誰かに求められたことがなかったから、嬉しかったのです。
太陽は求めても、遠くにありすぎる存在だったのです。



海は言いました。

やめてください。
あなたの美しいかたちが台無しです。
もとのかたちに戻ってください。
あなたの太陽にむかうかたち、それがいちばん美しいのだから。
永遠にその姿でいてください。






木は言われたとおり、元のかたちにもどりました。
いったん下がった水面は、だんだんと、もとに戻りました。






そのあと、小さな波が遠くのほうからやって来たのでした。
その波は普段の生まれては消える波とちがい、綺麗な波のかたちをたもったまま、近づいてきました。
まるでそれは、水平線そのものが盛り上がったように見え、どんどん大きくなっていくのでした。

小さな波は、速度を落とすことなく砂浜をのぼり、木の根本を洗い流していきました。
木は少し傾いて、ぐらぐらと揺れました。鳥たちはすでにいませんでした。
波が引いていくとき、根本の砂はえぐりとられ、根を上向きにされ、木は海へ流されていきました。

葉と枝は海底のほうを向き、水面が地面になったようになって、木はさかさまになりました。
魚たちが、水面にできた影に群がりました。
太陽が海底をやわらかく照らしていました。
もっと沖へ出ると、下のほうでは群青から闇に色が変わり、もはや底がどこかわかりませんでした。





木は言いました。
「あなたの波のかたちは力強く、とてもきれいだった。」

海は何も言いませんでした。
もはや木の姿さえみえず、声もきこえなかったのです。

海のなかの景色には言葉にならない、青く暗い世界でした。
水は冷たく、枝葉に、幹に、しみこんでいきました。
自分のかたちがなくなっていくのがはっきりとわかりました。
太陽の光の線が、ところどころにくっきりと見えました。






木は満足でした。
そして、海は何も言いませんでした。
スポンサーサイト


2013.04.03(Wed) - 詩と作文 2013





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。