Recently
Archive
Category
Link
Profile


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--.--.--(--) - スポンサー広告


天使

八月、ちょうどお盆のはじまりの、よく晴れた月曜日だった。
気温は三二度はあった。時間は二時半から三時ころのことだった。僕は山ノ手線で、表参道まで来ていた。そして何も気にせず歩きながら、昼食を食べる場所を探していた。

しなければならないことは、おそらくあったが、自分に嘘をついたか、忘れたふりをしていた。何しろ太陽が気持ちよく照っていて、日光を浴びることが、僕にとっての最優先事項だった。仕事で、一日中、事務所のなかでパソコンに向かっていたから、そうしているだけで、幸せだった。欅並木とビルディングに囲まれて、肌をさらした女の子がたくさん、歩くか、何かを求めて行列を作るかしていた。その他の男たちは、彼女たちをみるか、彼女たちと歩くか、彼女たちなしで体をもてあましていた。

一人でも気楽に入れそうな店を、みつけだして入った。いまでは有名な「Epitaph」だ。

一人で、喫煙者であることを告げると、通りに面したカウンター席に通された。店の中は、床も壁も天井も黒く塗られていた。カウンターからは、目の前の道が、大きなはめ殺しのサッシからよく見えた。ランチ・メニューには、ボロネーゼやラザニアやハンバーガーなんかがのっていた。僕はステーキ・ハンバーグのセットを注文した。

日光はますます強く目の前の道を満たしていた。まるで、生まれたての天使が歩いてくるように、女の子が見えた。時々あらわれる男は、ほとんど鬼のように見えた。どの歩いてくる女の子も、ほぼ確実に、綺麗だった。丈の短いものが流行で、足は白く輝き、二人に一人はコーヒースプーンの柄のように、細い肉体を優雅にひねっていた。背が高いのに、さらに高いヒールをはいたキリンのような子もいた。さらに、はす向かいのオーガニック・ストアにいる店員の子も、とてもかわいかった。

僕は色々なことをすっかり忘れて、そういった光景をみていた。タバコなんて、吸いたくもならなかった。セットのペプシコーラ(前の日に飲み過ぎたから、ビールは自制した)とビシソワーズを飲みながら。特になんということはないが、割と最高の、合格点は軽く越えた、夏休みの一日だった。

店内は、というと、アメリカンな雰囲気だった。壁にはエルビス・プレスリーやバットマンのポスターが貼ってあった。店員はウェンディーズバーガーのマークのなかの、にきびのついた女の子のような格好をしていた。

困ったことに、店内にも、気になる女の子をみつけてしまった。後ろ姿しか見えなかったから、確かなことはわからなかったが、髪はショート・ボブで、流行のターコイズ・ブルーの服を羽織っていた。彼女の頭の上では、"Everyone, its always Epitaph!!"という形に曲げられた蛍光管が、赤く光っていた。彼女は、僕とは別のもう一つのカウンターに一人で座っていて、スマート・フォンの画面を指で撫でていた。

僕は彼女の顔をみたくなった。それで、カウンターの奥、彼女の横にある薄型テレビを見るふりをして、道をみるのと交互に、彼女を何回か見た。だが、背中しか見えなかった。

そうしているうちに、ステーキ・ハンバーグが運ばれてきた。僕はまた、大きな窓を通して天使たちを見ながら、チリビーンズとチーズののせられたハンバーグ、フライドポテト、煮込まれた野菜、パセリのふられたライスを食べた。それらは味が濃く、また最高においしかった。例えば、ビールに関していえば、飲みたいとさえ思わなかった。それくらいに。

50パーセントの確率で綺麗な子が通れば、相当確率は高いといわねばならないだろう。ましてや、向かいの古い木造民家を改修したオーガニック・ストアのまた線の細い女の子が、ふらふらと、常に姿をあらわしたり消したりして、商品を整理している。少し道から高い位置にあり、さらにこちらがハイ・カウンターになっているため、目線があわない。この店の、この席の立地、角度も、いいのだ。凝視していても、誰もこの視線関係に気づかない。様々な服、ソックス、帽子を組み合わせて身につけた、それぞれに唯一無二な天使たち。

僕は食べ終えるとショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの女の子のほうをみた。僕の席の後ろでは、僕とその子を隔てる位置で、五人組の女の子が、忙しくおしゃべりをしていた。その中にも一人綺麗な子がいたが、五人組には、正直早くどいてほしかった。背中を向けた彼女の全体像がよく見えないのだ。そうしたら、この場所が、ますます最高の場所になるのに。
自分勝手だとは思うけれど。

それはそうと、自分で出来ることをまずやることにした。それはどんなときでも大切なことではないか。僕はジンジャー・エールを追加注文し、席を立った。トイレに行く途中に、彼女の顔を、全体像を見るのだ。行きは、様子をみた。用をたした帰りに横を通り過ぎた。彼女は、とても短い、ショート・パンツを身につけていた。

そして、その足の、付け根から先まで、僕のみた位置からは余すところなく、入れ墨が施されていた。

僕は驚いた。平静をよそおって自分の席に戻った。ジンジャ・エールはまだ運ばれてきていなかった。皿も片づけられていなかった。窓の外をみながら、ラッキー・ストライクに火をつけた。

彼女の背中をを改めてみた。詳しいことはよくわからないけれど、僕が一五歳くらいだった頃、話題になったことがあった。彼らの特徴はただ一つ、両足に入れ墨があることだけだった。しかも、足の全体に施されていなければならない。付け根から、足先まで。もちろん、見せかけではいけない。渋谷の奇怪な若者ファッション。小説にかかれて、賞をとって有名になった。映画化もされた。彼らは両足の入れ墨を、互いの体を拘束しながら、互いに彫り合う。

緑色と赤色の湾曲した文様が描かれた両足を持つ、ショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの服を羽織った女の子。小説をよんだことがあった。架空のものではないリアルな感覚が勝負どころの作品だった。でも、実際に見てみると、驚いた。

早く後ろの五人組が帰らないかと思った。窓の外の風景をみても、ピントがうまく合わなかった。吸い殻は三本になった。ようやく五人組が帰ると、彼女の後ろ姿の全体像が見えた。下半身は女性らしくくびれていて、頭は小さかった。いざ、隔てるものがなくなると、恐怖感におそわれた。

前の通りには、日光が変わらず充満していた。二つ折りの会社支給の携帯電話を開いて時刻を見ると、店に一時間ほどはいたようだった。私はレジまで行った。レジの横から入れ墨の女の子のほうをみた。

彼女が振り向いたのはそのときだった。背骨にに冷たい気体が走った。驚きで、すぐに顔をそらした。彼女の顔は、小学6年生のようにあどけなかった。道を歩くどの顔とも違っていた。なんと表現すべきなのか、とても難しい。たとえていうならば、横を向いたマネキンのようだった。そして、映画のなかで、ハンターに銃を向けられて、振り向いたカモシカのようだった。

道にでると、気持ちのいい熱気が体を包んだ。目の裏には、強い恐怖を感じた。しばらく、とらえどころのない気持ちで、通りをふらふらと歩いた。幽霊がいたら、そうさまようように。即物的な引力に引かれて、目的など全くもたずに。先ほど窓からみた女の子の何人かに会ったが、今では通りにいる女の子はみんな女の子で、入れ墨の女が、天使か悪魔のどちらかに思えた。だが当然、道には、形の善し悪しはどうであれ、綺麗な白い透き通る足をもった女の子しか、いなかった。まだ足なんて、たくさんあるのだ。
スポンサーサイト


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。