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1日目



100917

コペンハーゲンを経由して、ストックホルムの空港に到着。はじめにやったことはATMでお金をおろすこと。次に市内へ向かうバスの券をかって、それからたばこを吸う。コペンハーゲンの空港内ではたばこをすうことができない。機内では大変つらかった。だから1本が特においしく感じる。

青い光が空にある。明らかに日本ともポルトガルとも違う空。バスをまつ場所から、コンクリートの高速道路や立体駐車場がみえる。小さな鳥がとんでいて、鳴いている。車は少ない。人も少ない。大きなバスが行き、すぐに別のバスがやってくる。

青い車体の市内に向かうバスの中には、黄色い手すりがついていて、あたたかい。外は長袖でなければ寒いくらいだ。それから、バスは2台続きのタイプだから、とても広々としている。乗客は前方の車両に集まり、後方には私のグループ三人と、ほかに2人しかいない。

市内にむかうバスが出発する。日はほとんどくれており、道に暗闇が迫っている。細身の照明塔の列がカーブに沿ってたち、私たちと同方向に進む車がそのうえを走り抜け、追い越していく。道の幅は大きくとってあり、車は十分なスピードをだすことができる。路面はスムースで、私たちのバスもかなりのスピードをだしているが、揺れはほとんどない。

遠くをみわたすと、大きな起伏のない大地が続いていている。細い木が集合した林と、きれいに刈られた芝生のなかで、アウトバーンはゆったりとスペースをとっている。しばらく走ると、光看板と建物や工場がいくつもあらわれる。それらも大きく間隔をあけながらゆったりと配置されている。内部に光はあまりともっておらず、看板がにぶく壁面を照らし出している。

私たちは市内地に入る。数名の乗客が、いくつかの小さな停留所で降りていく。スーパーや日本食レストランは見えるが、街にひと気はあまりない。石づくりの5~6階建ての建物がぎっしりとつまった街。しばらくしてバスはセントラルステーションの横の、大きなターミナル駅に到着する。乗客は足早におりていく。


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バスターミナルにはタクシーが何台かいて、乗客をまっている。私たちの場合、ホテルまで500mほどの距離であったので、歩くことにする。まちに地図はない。信号の連なりを抜けると黒い闇のなかに高速道路のうねりが続いている。方向を間違えたらしい。日本でプリントしてきた地図を頼りに道を探す。ようやく目的のホテルの看板をみつける。"Rica Hotel"。ドアの前には、コートを羽織りたばこを吸う女性たちがたむろしている。その一人が、親切にドアをあけてくれる。

巨大なデパートと一体となったこのホテルの、4階のチェックインカウンターは閑散としている。肩幅のひろい青い身なりをした受付嬢が2人立っている。僕はたくさんの予約証明書の入った透明なA4サイズのファイルから、必要な用紙をそのひとりに手渡す。彼女はパスポートをうけとらない。スムースな手続きが進む。私たちの部屋は9階である。朝食は7時にはじまり、11時までである。ついでに今日の晩飯の場所も聞く。「この近くにいいレストランはありませんか?」「どんな料理でしょう?」「トラディショナルなもの。」「たくさんあります。」「ではあなたのおすすめのところを教えてください。」そして、彼女は2カ所のレストランを教えてくれる。

9階は静かである。製氷器も音をたてていない。僕は部屋に入る。長細い一人部屋にところ狭しと棚や冷蔵庫や机やテレビが配置されている。それらの色はブラックで統一され、白いシーツのかかったベットの背面の壁面の一部だけに、緑色の花柄がついている。私は無造作に荷物を置き、シャワーで体を流す。トランクをあけ、すばやく着替えをすまし、部屋をでる。

ともに旅をつづけていくことになる、2人の大人の泊まることになる部屋に向かう。僕からみれば両者とも相当な大人だ。一人は1955年生まれの55歳の男で、髪には白髪が生え、体には多少肉がついている。もう一人は44歳の女で、男の再婚相手である。ちょうど彼らは今年の4月に結婚した。重要なことはこの男が相当な金をもっているということで、そのせいで、たとえば僕なら一晩10ユーロとか20ユーロですましてしまう一晩のホテル代に、私たちは100ユーロとか200ユーロとかかけるのだ。それで、もっと重要なことは、この男が僕の父親だということだ。

彼は僕に旅のプランナーたる位置づけを今回与えた。今回の旅について僕に相談を持ちかけたのは3月か4月、そのくらいだったように思う。最初はイタリア方面、あるいは東欧、チェコ、ハンガリーあたりをまわるようなことをいっていた。この男はおいしいものに目がなく、食事が最大の楽しみであり、南イタリアのパスタやら何やらに東京のリビングルームから焦点をあわせていたのである。そういうとき決まって彼は「おいしいものを食べて気分が悪くなる奴はいない」といい、にやっと笑い、私たちを説得におとしこむ。

しかし、次第にはなしは北欧方面ということになっていった。それは僕がイタリア行きに反対し、それに女が同意したからである。僕は大学の奨学金でポルトガルに留学していたばかりで、正直ラテンの国はもうたくさんという気分でいた。そこで対抗馬として北欧を持ち出したのである。日本でもてはやされている「北欧デザイン」の家具や日用雑貨の類。これに女は目がなかった。それに、フィヨルドやオーロラといった家族で楽しめるようなものがたくさんある。これに父は魅力を感じたようで、オーロラ手配を僕に命じた。しかしオーロラもフィヨルドも、結局見に行く予定にはならなかった。それには2つの理由があって、一つは時間がかかりすぎるということ、もう一つは僕が行きたくなかったからである。

これでは僕が悪者のような感じだが、実際にそうなってしまったのである。男と女は僕に絶対的プランナーたる立場を与えたのだ。どの都市にどれほどの時間をさくか、どの程度のホテルに泊まるか、つまり彼ら自身の旅行で彼らが何をするべきか、その大まかな枠組みは僕の手中に存在しており、決定権は押しつけられた状態でやってきたのだ。

僕の部屋から20mほど歩いたところにある、彼らの部屋をノックする。男が扉をあけると彼らの部屋の内部空間が広く視界に入ってくる。明かりはこうこうとついており、フローリングの美しい木目に反射している。女は2つ並んだベットの上に座り、夜景がすばらしいという。私が窓辺に行くと、そこから黒くそまった街の屋根裏とそこからつきだした教会の巨大な尖塔が見える。月が低く輝いている。僕は思わず写真をとってしまう。振り返ると男は歯を磨いており、この部屋は正解だという。僕をほめているのだ。少しして、私たちは夕食を食べに出発する。

フロントの女性が教えてくれたレストランのうち、とりあえずということで近いほうのレストランに向かう。1階に向かうエレベーターの中で、男が、「RICAホテルというのはチェーンなんだって」という。少し自慢げに聞こえたが、そのことをネットで予約した際に、僕は知っている。道を探しながら歩いて2分ほどでレストランにつく。赤い張り出し屋根と黒く統一された家具が高級感をかもしだしている。男は即座に「ここだ」といい店内に突入する。女は少しとまどっている。僕は男の後に続き、その後ろから女が店内に入る。このようなときのこの男の行動力は頼もしいと、僕は思う。

店内はうす暗く、大きな間隔で取り付けられた、小さな暖色系の照明とまちのひかりがよく観察できる。4人掛けのテーブルに通された。メニューが運ばれてくる。横を見ると2人の女がパフェを食べている。どうやら夕食時ではないようだ。男と僕はいろいろと言い合ってメニューを絞り込む。それは一種の掛け合いのようなものだ。ハムの盛り合わせ、アスパラガスのリゾットなどなど。女はメニュー選びにいっさい参加しない。

「飲み物は何にする?」「何でもいいわ」「何でもいいって・・」「だって私メニューみてもわからないもん」「赤ワインはどう?」「いいよ」「じゃあ僕たちはビールで。」男と女は僕にそうやって注文を促す。僕がウェイターに注文を伝えると、比較的短時間ですべての注文が机の上に出揃う。スムースだ。男がハムは鹿ではないか、と、ウェイターを呼び止め、質問する。「ビーフ、ディアー、レッドディアー、エルクになります。」「エルク!」男はウェイターが行ってしまった後で顔を後ろにひきつりながらいう。勘弁してほしいというように。

男は女にエルクについて説明している。スポットライトのあたった料理と男と女の向こうに、食事をしている人々がみえ、それは口を大きくあけて笑いながら楽しんでいるようにみえる。右の店の奥のほうには明るいバーカウンターと調理場があるようだ。その後、私たちは食事を終え、街を散策する。女はお菓子や日用雑貨をみるたびに「かわいい」といい、男はたばこを吸い、ある店で自分を含めた3人にペットボトルを買い与える。僕は人々と街をぼんやりとみている。私たちはホテルに戻る。僕は即座に寝てしまう。
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2010.10.05(Tue) - 接待2





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