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Castelo Rodrigo

目的を持って書く文章は書きやすい。論文、説明文、なるほどどれも形式がある。それでも出てしまう個性というのもある。あるいはこういう言い方もできる。形式的な文章を書く場合、個性を出すように気をつけながら書こうとする。
目的をもっているのだから、最低限伝えなければならない内容というものもある。あまり長く悩むのも考え物であるという時間的制約もある。そんな制約を抜きにして、文章作成というのはありえない。
自分の書いた文章を、客観的にそれがどんな風に相手につたわるであろうか、と見直す作業も必要だ。

そんなたくさんのことを考えていると、手が止まってしまう。完璧なものを作ろうと最初から頭を止めていると、書き出せない。
かといってくだらないつぶやきのような文章を垂れ流すわけにもいかない。
よく考えると書いている間に目的がでてくることの方が多かったりもする。

良いのはつぶやきのような文章が読んでいて苦にならないことなのかもしれない。理想的にはそれがなにかしら美しいことだ。
そして、そういう文章を読んだときに、僕も何かを書きたくなる。
そういう文章の、文体の、書き方の美しさが僕に伝染する。
文章の美しさは、コピーされて、世界中に模倣者をうみだす。

ところで、今回の文章はだらだらと書いている。書きたいことをだらだらと書いて、そのうちになにか結論らしきが出てくるという方法で書いている。
美しさも、制約もほとんど気にしていない。理想も厳密さも完全さも何もない。
おそらく僕の思考回路が包み隠さずあらわれていることだろうと思う。
それは今日この場所、リスボンの6月15日の暑さの中の倦怠感と無関係ではない。
もう何も考えたくないのだ、でも書き続けなければならないのだ。

**********************
カステロ・ロドリゴという町。この町との出会いはグーグルアースの平面図だった。アーモンドのような形をしている。あさりといっても良い。平凡な小さな村という印象なのだが、形がかわいらしい。
到着して村の入り口に車を止めると、墓地がある。最近墓地に目がない。ここのものもいい仕事をしている。中に入ると、低い白壁によって先程みていた周囲の雰囲気が、一気にすっきりした雰囲気に変化する。壁の上にかなたの平原と山山が見える。墓地に入るのは気が引けるのだが、とてもきれいにしてあるし、立地も大変いいところにある場合が多く、背筋が伸びる思いのできる貴重な場所なので、こうしてお邪魔してしまうことが多い。入り口から直線の道がのびて、その両脇に花のそえられた色々な形の墓石がある。墓石のないものもあり、そこはただ土がもられているだけだ。墓地のプランニングはこのように至って単純ながらもリジッドで、形式や決まりごとがある。
ここの墓はとてもいい。小さなささやかな大きさに対して、あまりに立地がよい。
そこから少し道を登ると村の本当の入り口にたどりつく。この中にのみ建物が密集してあり、この外にはあまりない。この村の壁はオレンジ色がかっていて、あかるい。入ってすぐのカサ・デ・シャはアーモンドやお茶やお酒を売っている小さなお店。ここのアーモンドは辛いのや甘いのや様々な味付けがあって、試食したところとてもおいしかったので是非みなさんもお試しあれ。城に向かう。入場料1ユーロ相当の内容。無料でも2度と行かないだろうという正直な感想。村を歩く。バラがたくさん咲いている。植木鉢からではなく、道の舗装の間から咲いている。表向きはとてもきれいにしてある。生活感がない。
この村で記憶に残っていることは、鳥である。家の壁に鳥がすんでいる。石を積んで家の壁にしてあるのだが、それが結構大きいのか、つみ方の問題なのか、とにかく空隙ができる。そこにたくさん鳥の巣があるのだ。鳥がやってきては帰っていく。その時折の鳴き声がとてもこの村をにぎやかにしている。庭先の水溜りや、草花の意味がすこし変わる。そして建物の意味も変わってくる。
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2009.06.15(Mon) - ポルトガル東部10の村200906





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