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해은대

この町には、近くに、海があります。他にもありますが、確かに海といえば、海雲台があります。晴れの日は、平日はそこそこ、夕方はたくさんの人がいます。でも私は平日の雲が出て、雨も少し降り出した、人がひとりかふたりしか砂浜を歩いていない、海雲台が好きです。ゴールが、架空のビーチサッカーのコート分引き離されて、ふたつ向かいあっています。遠くからみると、その他には人と海しかありません。僕は他の人たちから離れて、一段高くなったホテルの脇に砂浜に沿ってつくられている、舗装された道のうえを歩きます。ひとりでフードをかぶったり、かぶらなかったりしながら歩きます。波がたてる音が聞こえます。半島や島の影が見えます。大きなホテルの一階につくられたカフェのなかで、カウチに腰掛けて人々がゆったりとしているのがみえます。ホテルの敷地は大きく、松がたくさん、他の木も植えてあります。改修のためか、窓ガラスがとられているホテルもあります。SamsungやAsahiといった文字がみえます。立面となっている客室のグリッドに人はなく、テラスドアがあいたままで、わらのような素材で編まれたイスが各室に二個ずつ、バルコニーで向かい合っています。時間は昼過ぎです。ドラマチックなものはありません。眼鏡に雨だれが出来ます。それをぬぐいたいという欲望を押しとどめながら、僕は軽い頭痛と軽い空腹のなかを歩きます。さえぎるものは何もなく、自然な歩幅で進みます。
町のなかで、ついさっきみた、ふたりの自転車のりが、砂浜を海のほうから、こちらへ戻ってきます。彼らのうちひとりは、Fly Emiratesのロゴの入ったユニフォームを着ています。だから私は遠くからでも、彼らを識別できたのです。ザックをしょっているので、背中の側はみえませんでしたが、おそらく有名なサッカークラブのものだと思います。そうやって歩いていき、私はStarbucksにたどり着きます。
私は故郷で頼むものと同じ、カフェ・モカのアイスのトール・サイズを注文します。でもサイズはより大きく、上には生クリームが大量にのっています。味も少し異なります。カップのかたちも違います。二階にのぼると、空席ばかりですが、それでも海側の席はうまっているようです。私は奥のほうに首尾よくひとつのテーブルをみつけます。コートをぬいで、海をみるために座ると、ビルの大きな白色のブレースが、景色をさえぎります。サッシ枠も、それをさえぎります。
耳に入るのは、スピーカーから流れる、シンバルやトランペットの音、携帯電話の音、おばさんたちのお喋りの音です。波は白くくだけ、傘を持っている人と、持っていない人がみえます。砂浜にはまれに人があらわれ、それは松の木のうしろに隠れたりもしますし、誰もいないこともあります。向かいあった二つのゴールだけがじっとそこにあります。黄色や赤のブイが流れをやりすごしています。
さえぎるものに不満を持つことは、もう僕はありません。それは美への諦めの気持ちではありません。僕は人がたくさんいるのでも、全くいないわけでもない、このような海が好きなのです。よくみがいた白いマグのように、東名でもなく、拭きあとや雨だれのこびりついた窓ガラスのように不潔でもなく、持ち帰り用のアイス・カフェ・モカのプラスチックの容器のように、ゆがみながら光をうつし、へこみながら元に戻り、内容に汚されながらも汚されない場所を残している、そういうものやことや状態が好きなのです。だから海鳥がいなくても、アパートが立ちのぼろうとも、ドイツ人が歩こうとも、サーファーが二人で波に向かおうとも、何が海をさえぎろうとも、雲と海とこの時刻が、全てを許してくれるのです。


2014.03.27(Thu) - 釜山 2014


遠くへ投げたい

マイクは私が送った写真そっくりの車に乗ってくる。
それはマニュアル車ではなくて、傷がついていなくて、脱輪していないところだけが違っている。
そのとき、つまりウインカーをつけて車が交差点にあらわれたとき、背骨の隙間に冷たい気流が走る。
金縛りにあったように、車が近づいてくる間、体が動かない。

私は急いで一階まで降りる。扉を開ける。
車に揺られて、私はあの頃に戻っていく。

私が初めてこの国に来て留学していた、十年くらい前のあの頃に。
大学の寮に住んでいて、そこには色々な国の人が住んでいて、出たり入ったりしていた、あの頃に。


1 

日差しの強い冬だった。私はベランダの手摺に肘をかけて、眼下の通りを見ていた。旧式のベンツやボルボといった、東京ではあまり見かけない車がとまっていた。道の両側に、お互いの隙間を可能な限り詰めてとめられていた。道は坂になっていた。
空気はあたたかかった。椅子に座り、足を手すりにかけると、いい具合に肌が太陽にあたった。いい具合にというのは、適度な角度で、ということだった。物事には適切な角度がある。私はそういうことに敏感だと、よく言われる。
この国の角度は素晴らしかった。いろんなものがよかった。角度もそのひとつだった。

それから、ピーナッツのたくさん入ったプラスチックの壜の中に手を入れて、そのなかから数少ないピスタチオを、手触りだけで探り当てた。
そして、私はビールを手に取った。この国のビールは水のように飲みやすかった。そして安かった。だから休みの日ともなれば昼間から飲んでいた。みんな飲んでいた。ホセも、ロドリゴも、ジュニアも。
カメリア。この国で製造量ナンバーワンのビール・メーカーだ。ラベルにはその立派な羽を広げたカメリアが描かれている。国鳥だ。
ピスタチオの殻を手のひらに残して、右手でまた壜のなかをまさぐった。まだピスタチオは残っているだろうか。私は壜の中を見ずに、手探りだけでそれを判断したいのだ。

ヘッドフォンの向こう側がら声がした。
「昔の話なんだけれど、聞いてくれるかな。」
マイクが言ったので、私はいいよと言った。

昔、俺が小学生か、もしかしたら幼稚園のころなんだけど、まぁたぶん小学二年生ぐらいの頃だと思う。俺は大阪のほうに住んでた。そのことは話したことがあったよね。そこは坂がたくさんあるあたりで、山と海が近いんだ。その間にできた斜面のような場所に住んでた。そこの団地さ。団地には番号がふってあった。一、二、三ってね。ちょうど三棟、パックから出した豆腐を切ってまな板の上で横にしたみたいに並んでた。その真ん中の二号棟の三階に住んでたんだ。
そう。間違いなく真ん中の棟の三階に住んでた。ひとつの棟は、片側が階段と窓、片側がベランダになってた。そして、それぞれの棟のあいだは駐車スペースになってた。何台かまばらに車が停めてあって、そこは、ここが大事なところなんだけど、舗装されていなかった。中央の、つまり棟のあいだの中央にあたる部分は道になっていて、その部分は舗装されていた。けれども、車をとめる部分、だからその、わかりにくいと思うんだけど、道の両側の車がとまる部分は舗装されていなかったんだ。そこは土になっていて、砂というか砂利のようなものが上に少しある程度だった。そこに、たぶんロープのようなものが張ってあって、札のようなもので番号がふってあったんだと思う。そうじゃないと、どこがどこの家の駐車スペースか、わからないもんね。
そう。そんな具合になっていて、僕は二号棟の三階に住んでいた。三階に行くにはエレベーターなんてなくて、階段で上がるしかない。幅は避難経路寸法ぎりぎりで、仕上げはたぶんモルタル刷毛引きか金ゴテでおさえただけの、冷たくて狭い階段だった。それで、当然僕の住んでいた部屋にはバルコニーがあった。キッチンとダイニングのスペースから、掃き出しの窓を通じて出れるバルコニー。ところでベランダとバルコニーの違いってなんだっけ?昔、授業で習った気がしたけれど。
まぁそのことはさておき、三階建ての建物の三階、つまり最上階で、隣の号棟とは、そうだな、たぶん十五メートルぐらいは間隔があった。だからすごく日当たりがよかったんだ。しかも静かでね。ダイニングのスペースはたたみ敷きになっていたんだけれど、いつもそこはあたたかかった。すごくそれをよく覚えているんだ。

突然、話が途切れたので、私が喋った。
「わたしもいますごくあたたかいところにいるわよ。だって五階建ての五階よ。それで隣の建物との間隔も、あなたのその昔の団地と同じくらいね。」
「ほんと?じゃあ、そんな感じだよ、きっと。」
私は組んでいた足を解いて、手をビール瓶からマックブックに移動させた。そして立ち上がり、内臓カメラを通りのほうに向けた。
彼に、白い真四角の石で一面に舗装された道が見えるはずだ。この舗装は、この国の当たり前のものであると同時に、名物である。ある程度模様になっているのだが、それは規則正しくも、無規則にも見える。
そして隙間なく停められている車も見えるはずだ。その向かいには、タイル貼りの外壁のやはり隙間なく建てられているアパルトマンが見えるはずだ。

そのとき通信が切れた。無線受信を示すアンテナに×印がついていた。この寮のインターネット環境は劣悪だった。
少し移動しただけで、途絶えてしまうのだった。かすかなホットスポットから離れてはいけなかった。あるいは寮生が休みの日や夜の時間帯に、大人数が集中的に利用すると、すぐパンクしたものだった。
そして、それを復活させるためには、ただじっと待つしかなかった。私はマックブックを元に戻して、ヘッドフォンを耳から乱暴に外して椅子の背にかけた。
このヘッドフォンは私の宝物だった。ラスキンのKKK031という機種で、繊細という文字をさらに細かくしたような音を出した。まるで「繊」という文字を三つ並べたような音だ。繊繊繊。
ラスキンを中学生から使っていた。中学生のころ繋がったばかりのインターネットで調査に調査を重ねて、少なくない資金を投入して購入した。この国に初めて留学したあの頃には、すでに耳当ての部分が不完全で、聞こえなくなったら新しいものを買換えようと思っていた。しかし、まったく壊れる気配がなかった。構造的にも本当によくできたヘッドフォンだった。それは気兼ねすることのない、友達と呼びあらわすのも恥ずかしい、幼馴染のような存在だった。だから少しぐらいベッドの上に放り投げたりしても、壊れることはなかった。
それはその頃、純粋に信頼することのできた、数少ないものだった。


 2

私は立ち上がって、自習室に入った。そしてかたわらにある小さな円形のごみ箱にピスタチオの殻を捨てた。自習室は私たち建築学科の日本人留学生の作った模型で埋め尽くされていた。椅子を並べたうえでハマーが寝ていた。やはり彼もヘッドフォンをしていた。それは、ウィルソン・オーディオ製だった。彼の好きなのは、オアシスとか、レディオヘッドとかだった。

今でもハマーからもらった音楽が、私のハードディスクに入っている。マイクはジャズしか聞かなかった。
私はなんでも聞く。ジャンルにこだわらず、気に入った音楽を聞く。だからいろんな音楽をオールマイティーに再生できる、バランスのあるヘッドフォンが好きだ。ラスキンは、色々なメーカーの壊れたヘッドフォンから部品をアッセンブルして、新品の製品としてのヘッドフォンを作った。だから同じ音はラスキン製のヘッドフォンには一つとしてないといわれる。今はヘルシンキ郊外の工場で、数多くのスタッフがその製作にあたっている。私はそこに市内バスを乗り継いで、行ったことがある。
ラスキンは天才だ。ひとたび電力を通すと、そこには実際に風が吹く。そして何かが動きだすのがわかる。計算外の予測不能な動きだ。この振動が、通常だと不良品扱いされてしまいそうなのだが、ラスキン場合、味になってしまうのだ。

いまもあの時から変わらず確実なことがある。私はウィルソン・オーディオ製のヘッドフォンは買わないということだ。おそらく一生。
率直に言わせてもらうならば、その音は私をいらいらさせるほどだ。
だからハマーはまったくもっていいやつなのだが、いまひとつ距離を縮められなかった。特に、私のほうから近づいていけなかった。
ヘッドフォンに何故ここまでこだわらなければならないのか?
あえて説明してみるとこんな感じだろうか―色々なヘッドフォンを耳に当ててみて聞いていると、全てのヘッドフォンを試さなければ気が済まなくなってくる。それを何度も何度も繰り返しているうちに、ある一つに到達する。最適な角度があるのと同じように。そして一回決めたことは、二度と変化しない。ラスキンの虜は、ラスキンから逃げ出せないし、逃げ出さない。

私は自習室から薄暗いホールに出て、階段で四階に下りた。
この建物にも旧式のエレベーターがあった。カゴの昇降口にはスチール製のジャバラがついていた。このエレベーターは頻繁にとまった。停電や故障によるものだった。そんなときには皆、階段を使う。狭い縦方向に連続したその暗い空間を肉体が上下する。「ふざけるな」とか「くそ」とか「このやろう」とか、そんなことを英語とかこの国の言葉で言いながら。でも、もうそんなことには全員慣れてしまっている。壊れたり、動かないのであれば仕方がないし、そんなことにいちいち腹をたてても仕方がないのだ。壊れた次の日には修理屋が来て直していった。問題を引き起こさないように、様々なものが、そういう風に成り立っていると、いつも思った。
四階の食堂に入ると、女の子がひとり、こちらに背を向けて何かを食べていた。テレビではこの国の路上を歩いている市民にサプライズを仕掛けるお笑い番組をやっていた。その音が食堂を埋めていた。
彼女はいつもひとりで食事をとった。メニューはソーセージ・マフィンのようなものを作るときもあれば、冷凍のグラタンをあたためるときもあった。そしていつも表情ひとつ変えることなく、椅子に座って食べた。どこの出身なのか、どこの学部なのか、私たちは(少なくとも日本人は)知らない。他国の学生は知っていたかもしれない。でも話題にならなかった。ただ、彼女の座るための椅子とテーブルは、毎日場所を変えながら、いつもきちんとそこにあった。ポニーテール風に後ろに束ねた髪が揺れていた。頭の先からつま先まで全体的に細くて、ズボンを着ていた。彼女がスカートをはいたところは、そういえば見たことがなかった。
私たち全員が、それを存在しないものとして意図的に扱っていた。
彼女の背中をじっと見つめた。それからベランダに出た。


3 

そこにはジュニアとジュニオールがいた。ジュニオールはブラジル人だ。ジュニアはこの国の領土だったアフリカのどこかの国の出身だ。申し訳ないのだが、アフリカの国の区別があまりつかないのだ。
「ハイ、アサミ。元気かい?」
ジュニアが声をかけた。まるで、広場にいる中世の装束を身にまとった、二人一組の衛兵も鍵を開けてしまいそうな、満面の笑みだ。口が大きかった。唇も大きかった。いろいろなものが豊富にあった。それは私に山肌にどこまでも開発されたコロンビアとブラジルの国境のコーヒー畑を想像させた。生い茂る葉のしたで、腰をかがめた何人もの人が、いつまでも歌を歌いながら仕事をしている風景だ。ジュニアは今日のような晴れた天気によく似合う。
「とてもいいわ。」
私も笑みで返した。
当たり前になってしまっていたけれど、こんな笑みは日本ではできないものだ。日本からやって来たときと色々なものが、ちょっと身のまわりを見渡してみると、変わってしまった。少しずつ、少しずつそれは変わっていった。でも、突然会った人にはそれは劇的な変わりようだと思われたりもする。本当は目に見える劇的に変わったことと言えば、髪型ぐらいのものだ。私の頭は短いカールが埋め尽くした状態になっている。この国の理髪店でされたのだ。十年前、手ぶりそぶりで伝えたかったのだが、私の伝えたい髪型の形式は伝わらなかった。大学寮にいたおおかたの女の子の髪型と同じになってしまった。私はそのままの髪型で、今でも暮らしている。何かのおまじないのようなものだと、服装も靴も変わらないのに、変えてしまったことの後ろめたさの象徴のようなものだと、思っている。

ジュニオールが少し離れたところからこちらを見ていた。唇の片方があがり、顔がにやついていた。
「アサミ、何をしていたんだい?」
ジュニアが言う。
「ビールを飲みながら、スカイプをしていたのよ。」
「おっと、またビールかい?君たちはビールが大好きだ。いいことだ。いいことだ。何本あっても足りないね。はじめにビール、次にビール、またビール。次にワイン、それにサングリア。日本酒、焼酎・・・アルコールの店を作るつもりなのかい。」
「最近はモヒートね。」
「モヒート。あれが好きかい?」
「とてもいいわ。」
「この前行った店はよかっただろう?」
「とても。またいきましょう。」
そこにはジュニオールも行ったのだ。それからハマーも、ホセも、ソニンも。あと、ロドリゴも。ケシュ・オビという地区で、そこには酒場が集まっていて、人々は路上で飲んでいる。すぐにお互いの連絡先を交換する雰囲気の場所だ。夜から朝にかけて学生たちがたむろして、一時はものすごい人口密度になる。クラブもいくつかある。
「ハマーとホセは最高だったね。そこにいるみんなが彼らを見ていたよ。なぁジュニオール。」
ジュニアがジュニオールのほうを振り返って言った。
「あぁ、日本人はだから好きさ。なにもかもがファンタスティックさ。」
私は笑った。ジュニアとジュニオールも笑った。ケシュ・オビのクラブでハマーは下半身まで裸になり、舞台の上で踊った。ホセもそれに続き、ハマーの頭の上からビールをかけた。それからというもの二人はファンタスティックであり、ワンダフルだと認められた。
彼らは特に、寮に住むクロアチア人の二子の姉妹二人、セヴェリナとヴァンナをとりこにした。彼女たちは夕食のとき私たちの隣に座るようになった。そして、食事の用意のとき、私たちは色々な調味料に関する情報交換をするようになった。彼女たちの使う材料はいたってシンプルで数も少なかった。私たち日本人の調味料の種類の多さは、寮のなかで異常だった。日本食パーティーをたびたび開催して、それらを処分していた。そこで私は、肉じゃがやトンカツといった日本食を、初めて自分で作ることになった。可能な限り日本で提供されているものに忠実になるように調理した。
セヴェリアとヴァンナも、それをおいしいと言ってくれた。でも次の日からは、それぞれがそれぞれの調味料に戻っていった。
何のパーティーでも、皆ワインを飲んでいた。パーティーではワインであり、ビールは供されなかった。それから酒の強い者たちだけがウォッカといったところに移るのだった。当たり前のように誰もウイスキーは飲まなかった。飲むならのんでもよかったのだろうけれど。

ロドリゴがやってきた。
「どうだい?」
「いいよ。」
ロドリゴとジュニアは握手をした。次に椅子の座面に左脚をたてて座っているジュニオールと、ハイタッチのような恰好で握手をした。
「ロドリゴ、ビールかい?」
「そうさ。暑くないのかい。飲むしかないじゃないか。」ロドリゴは手のひらを顔の近くにあげてそう言った。「アサミ、今日もとてもきれいだね。なんて君は美しいんだ。」
「ありがとう、ロドリゴ」
私は笑った。そしてロドリゴとハグをして挨拶をかわした。
彼はイタリア人だった。背はジュニアより高くて一八五センチくらいはあった。目つきはぐっと前を見据えて、見開いていた。顔は肉食系というには少し優しさが多すぎた。わかりやすく言えば、少し小さめの子供のティラノサウルスのようにみえた。ジープを集団で襲う小さな肉食恐竜にそっくりだった。
手にはカメリアがあった。ビールといえば、当然カメリアなのだ。
そういえばあの頃にたくさんあった日本食料理屋は、もうこの国ではあまり見かけない。見た目を変えて別の店になったところもある。中華料理屋とかベトナム料理屋とか。
でも出しているビールはみんなカメリアだ。そしてラベルに大きく書かれたカメリアの文字は、この国の文字ではなくアルファベットで書いてある。誰にでも、どこの国の人にでも読むことができる。私とマイクだって、英語を使っていた。

ロドリゴとジュニアとジュニオールは三人で親しげに何かを話していた。会話が早すぎたので私は途中で疲れて、聞くことをやめた。私にはついていけなかった。
ベランダの手すりには、鋼製でピンクとベージュの中間のような色の塗装がしてあった。日差しがあたたかかった。手摺に腕をかけて、背中を少し沿った。そして通りを見た。道は四、五階建てのビルで隙間なく埋められていた。街灯が一定の間隔で立っていて、その根元にはごみ箱が付いていた。そこにタバコの吸い殻やペットボトルや、何でも分別せずにこの国では入れることができるのだった。それでも道に彼らはごみを捨てた。警官だって歩道に吸い殻を落として、革靴の裏で揉み消した。だから、通りはある程度汚れていた。そして、それでも歩道の舗装の美しさは、少なくとも異国の民である私にとっては、変わらなかった。毎朝暗いうちに、大きなカメムシのような清掃車が、道を上り下りして洗浄した。
私たちの寮の右前にあるカフェに人が集まっていた。昼過ぎに賑わっていることはめずらしかった。皆、テレビを見ているようだった。おそらくサッカーだった。時々手を挙げて背中を前後に揺らしていた。
皆、何かをつぶやくように口を動かしていた。よく見る光景だった。
調味料も、髪型も、カメリアも、日本食も、ゴミも、会話も、裸踊りも、異文化交流も、何もかもが知っている光景だという気がした。気持ちいいようでいて、どことなく退屈だった。


4 

ロドリゴがこちらへ歩いてきた。そして、途中で立ち止まった。ちょうどジュニアたちと、私の真ん中くらいの位置だ。確かなことは、ロドリゴの左右にはスペースがあったということだ。右手を二回、伸ばしながら大きく回した。少し飛び跳ねたりもしたかもしれない。それから、一度私のほうを向いた。唇を閉じて片目をつぶってウインクをした。そして前を向いてこう言った。
「いいか、よく見ておいてくれ、俺の技術をみせてやるから。」
ロドリゴは何かを投げた。それはビール壜のフタだった。それはくるくると回転しながら、通りの空中に放物線を描いた。そして、サッカー中継をしているカフェのオーニング、道に張り出した緑色と白色のボーダーの布地の庇の上に落ちた。
「すごいわね。」
そう私は言った。
「俺の技術さ。」
彼はまたウインクをして食堂へ戻っていった。ビール瓶を持って。
ジュニアとジュニオールは私のほうへ笑顔を向けていたが、何も言わなかった。
「俺もいくよ。アサミ、またね。」
そう言ってジュニアも食堂のほうへいってしまった。
私は少なからず驚いていたが、もう一度カフェの庇のほうを見た。庇の奥のほうに、よく見ると壜のフタがいくつかたまって並んでいた。それは庇をたたむとき、下に落ちることなく、蓄積されていたようだった。カフェのなかの人々は、誰も気づいていなかった。彼らはさっきからほとんど動いていないようにみえた。動いたとしても元の位置にきちんと戻っているようにみえた。
ジュニオールに向かって、あなたにもあれが出来るかと聞いた。
「人に当たっちゃうかもしれないからね。俺にはできないよ。」
立ち上げて確かめることもなくそう言って、片方の肘を膝の上にのせて座ったまま、彼はアパルトマンの屋根の上のほうを見ていた。
もう彼らは何回も、それを見ていたのだ。


 5

ベランダから見ると、道にはやはりごみがたくさん落ちていた。そのときはなぜか、走ってくる車も歩いてくる人も現れなかった。
私は階段を上ってマックブックの前に戻った。無線通信はまだ復活していなかった。ハマーはどこかにいってしまって、あたりには誰もいなかった。白い漆喰の壁は何を言うこともなく、夜の間に蓄積した冷気を発していた。私は自習室の電気を消した。陽光がフローリングに斜め方向の影を作り出した。なかなかの角度だったが、少し鋭すぎて、痛いようだった。
私はヘッドフォンを頭に装着してベランダの手すりに背中からもたれかかった。カフェの庇の奥のほうに集められたビール瓶を見ようとすると、首がこきりと鳴った。それは前よりもはっきりと見えた。私は目の前にもう一度ロドリゴの放った空中の放物線を描いてみた。

通りに放たれた曲線。最初は上昇し、水平になり、あとは降下する。風はほとんどない。意志を吹き込まれ、回転してきらめきながら、着地する。白のところに落ちたのか、緑のところに落ちたのか、そこまで計算されていたかのように降り立つ。バウンドして、静止したとき、長方形の防水性の布地のうえに、一つの円が出来上がる。

私は机の上から、私のカメリアのフタを手に取った。ある方向からは、それは王冠のように見えた。壜を開けるときにひしゃげた部分が出来ていた。妙にそれが気になり、それを元に戻そうと力を加えてみた。でもうまくいかなかった。弾性変形の限界を超えてしまっていた。
それは基本的にはもう元に戻ることを必要としていなかった。ビールは製品としては一体で、人の力によって二つに分かれる。壜とフタと。壜はリサイクルできる。ではフタは?昔、使用済みのフタを集めて、痩せた老人男性の巨大な像を作った現代アートを、ロンドンのギャラリーで見たことがある。何かとても共有しやすいメッセージのある作品だった気がするが、内容をうまく思い出せない。あるいは牛乳瓶のフタのことを私は思い出す。紙製のフタ。おそらく小学生のころ、メンコに使っていたがすぐに飽きてしまった。その時はベルマークなんてものもあったな、と思う。ベルマークをクラスで大きな缶のなかにたくさん集めていた。一等賞はたしかとても高価なものだったように思うけれど。グランドピアノだったっけ?でもベルマークはフタではない。

私はカメリアを飲んだ。少しぬるくなっていた。でも全然悪くなかった。
ピスタチオが食べたくなって壜ののなかを見ると、一つ残っていた。最後だ、と口に入れてかみしめた。手に残った殻をごみ箱へ投げたが、それは外れた。私はそれをそのままにしておいた。半分は意図的に、半分は体を動かしたくなかったからだった。
部屋を掃除してくれる老婆のメイドの姿が思い出された。つぶやきながら殻を拾うだろう、机の上に散乱した我々の模型にもつぶやくだろう、なんでこう汚くするのかね。そう思うと少し申し訳なかった。
それでも、私は外れた殻をじっと見つめた。それはフローリングのうえに転がっていた。とても軽く脆いはずなのに、それ自体がじっとしている。場にふさわしく、堂々としている。スポットライトを当てたい気分だ。
「どうして外れちゃったの?」
殻はなにも答えなかった。私は時折モノと会話をする。答えてほしいと思った。殻がお喋りをするわけがないとか、そういうことではないのだ。だからこちらもじっとそれを見つめているのだ。
でもそれはそこにあるだけだった。私は私に自信がなくなってしまったようだった。次に投げても失敗しそうな気がした。それは最後のピスタチオだった。
あとはピーナッツの海が、壜のなかにはあるだけだった。


6 

あらためて、私はカメリアのフタを机の上で見つめた。手でフタを持って、壜の口に重ねた。そしてまた離した。ひしゃげた部分があるせいで、その全体は不自然に見えた。どこかしら気持ちが悪くなって、私はフタをもう一度机の上に戻した。壜とフタは離しておいたほうがいい気がした。
そのときフタが話し始めた。おそらくベランダの手すりとフタと、交互に焦点を合わせて距離を測っていたときだろう。私はそういう風にいろいろなものに焦点を合わせて遊ぶ癖があるのだ。不意に、半ば無意的に、してしまう。

正直言って僕のことは放っておいてほしいんです。僕は一度きりなんです。別のものに生まれ変わることも可能ですが、それには莫大なエネルギーが必要ですし、今はあなたとそのことを議論すべきでないと心得ています。それは、もっと大きなお金を使って、もっと大きな場所で、もっと細心の技術で、よくよく考えてされるものだからです。僕がどんな風に生まれてきたか知っていますか?金槌にたたかれて職人の手で薄暗い小屋のなかでつくられたわけではないんです。いわゆる昔のものではないわけです。いつのまにか存在していたんです。そしてそこにあらがうことの難しい大きなうねりのようなものがあることを僕は知っています。
色々なフタがあると思います。それぞれのフタによって意見は違うでしょう。ただし僕たちの多くは確実な手ごたえのある部分をこうしたひしゃげた部分に持ちます。力を入れてもそれは容易に元には戻らないようにできています。僕たちはそれを有難いことだと思っています。冗談で神は我々に塑性変形を与えたというものもいます。だって人間はしばしば信仰を持つ生き物でしょう?フタのなかにはかたちを変えないものもつぶれてしまうものもあります。それは小さくても、大きな違いをもつものなのです。
そして、僕たちはそれから別々の道を進みます。海の底に沈むものもあります。もちろんオーニングのうえに蓄積されるものもあります。
このあとの僕の運命がどのようなものになるのかは、あなたの手にかかっています。僕のこれからなど、ほとんどの人間は興味を持ちません。ただし、稀にあなたのように気になさる方がいらっしゃいます。そのことは想定済みです。僕らの住む世界にも、時々抜き打ち検査というものがあります。物事には例外があるということを、経験がなくても僕は見ることで知っています。そして考える時間も十分にあります。

フタはそこで少し間をおいて息をすいなおした。私はじっと目を離さずにいた。フタはフタだった。
わたしはそれを見つめ続けた。まるで世界に私とフタしかいないように。例えばこんな場面を想定したりして―喫茶店で旧友と久しぶりに話をして沈黙が生じても怖くない。そんなときは何かのフタでも見ていればいいんだ―そんな風に思って待ち続けた。
しばらくすると声が聞こえてきた。

念には念を入れて少し考え直してみようとしてみたのですが、やはり結論は変わりません。僕のことは放っておいてほしいんです。これはいわゆる―お願い―というやつです。どうしようがあなたの勝手です。お金を出して、ビールという商品を購入したのはあなたです。他の誰でもない、意志を持ち、少なくない歳月を生きてきたあなたです。さらに言えば、頭の回転も一般的に言ってはやいし、人当たりもいいし、笑顔が素敵だと評判になるのもうなずけるあなたです。
それでもあえて主張させてもらうとすると、僕は何の目的も持ちません。中身が出ないように、便宜上はフタの役割をなしています。でも、本来的に何の行動も感情も利害も持ちません。あるとき応力をかけられて変形し、壜から分離して、終わりです。あとは何も期待されることはありません。スタッフ・ロールが流れて、ジ・エンドです。だから何にもならずにいることが僕の願いです。具体的な対処法とかそういったものは、一貫性を排除するだけです。例外をつくればつくるだけ困ります。気持ち悪くなります。なぜなら僕だって究極的には一つの世界だからです。僕=世界。そうではないでしょうか。

フタが未だ話し終わっていなかったそのとき、マイクの声がした。
「それでどこまで話したっけ?なぁ、聞こえてる?」


7 

とても遠くから声は発せられていた。
私の頭の中が、ペアガラスの間にはさまれた空気層のように、薄く引き伸ばされた。そして真空状態の中で回転した。少し痛かった。
「うん。聞こえてる。」
「そのWiFi環境どうにかなんないの?」
「お金さえあればどうにかなるけれど。誰がそれを用意してくれるかしら。」
「我慢しますか。さて、どの段階を話していたんだっけ?」
確かに彼は「段階」と言った。不思議な言葉づかいだと思った覚えがある。ラスキンは気まぐれに風を吹かせたとしても、言葉の配列までは変更できない。でもそれは偶然ではなかったような気が、今となってはしている。

そして、そのとき電波の向こうで耳障りな音がはじまり、続いた。少し待てばおさまる程度、小雨程度のノイズだった。
上を向くと空には白い半月が浮かんでいた。私は『アポロ13号』の月面着陸船のなかでの通信のシーンを思い出した。ノイズだらけの、限られた時間の通信。大学一年生のときに英語の授業でそれを細かく見たことがあった。
地球から投げ出されたロケットが月へ向かう。予想外のトラブルにより計算された曲線から船がはずれて、ミッションは断念せざるを得ない。だが彼らは地球へ帰還する。
ロケットから分離した着陸船は引力のひしめく空間に初速をもって放り出される。ロドリゴもビール瓶から分離したフタを空中に投げる。日常的に。その洗練された技術で。それは目的地にぴたりとたどりつく。世の中の関心は薄れ、彼はもはや成功以外、許されない。
でも私のフタは放っておいてほしいと言う。ジム・ラヴェル船長は果たして、放っておいてほしい、と思っただろうか。少しは思っただろうか。

私はフタにしがみついて、放物線をもう一度たどってみる。
人類の、少なくともアメリカ国民の、代表として行っていたとしても、「本来的に何の行動も感情も利害も持ちません」。
あるいは地球上で、あらゆる救出の可能な手段が尽くされていようとも、「本来的に何の行動も感情も利害も持ちません」。
そんなこともあるのかもしれない。ましてや、漆黒の宇宙の中においては。


8 

「話の続きをしてもいいかな。」
私はいいよといった。

つまり、整理すると、二号館の三階に僕は住んでいた。それで、隣の棟とはすごく間があいていて、リビングやダイニングは日当たりが良かった。そこでバルコニーに出て、僕はよく遊んでいた。たしかにそれはよく覚えている―そうか、わかった。なんでこんな話をしちゃったのか自分でもよくわからなかったんだけど、ようやくわかった。これは俺が覚えている最も生まれて間もない、人生の初めに近い物語なんだ。
これを是非、君に聞いてほしいと思ったんだ。なぜこうもお互いに離れていたほうが大事な話を思い出すんだろうね。今や、今までこの話を何故しなかったのか、不思議で仕方ないよ。
俺はバルコニーの柵のちょうど半分くらいしか背がなかった。そこから、バルコニーから、オシロイバナの実を何故か落としていたんだ。たくさん、たくさんね。あの黒くて表面にマットな光の模様のある実さ。どこかからそれを採ってきたんだ。周辺的な事情はよく覚えていない。ただ片方の手のひらのうえに、その粒をいくつものっけて、もう片方の手で落としていた。その光景というか、感じというか、状況はよく覚えているんだ。まわりには誰もいない。僕はひとつの粒をつまんで、それを落とす。またつまんで、また落とす。その繰り返し。柵の格子のピッチはちょうど僕の腕が出るくらいの間隔だった。おそらく公営住宅建設基準の値通りだと思う。
それで、ある時、俺の部屋のバルコニーの下の駐車場のところにだけ、大量のオシロイバナが咲いたんだ。
今考えれば当然なんだけれど、そのときの率直な感想を言うと、相当に驚いたんだ。やっぱり咲いたね、というのではなくて、目を疑ったというのが正しい。しかも真っ赤な色の花が咲いたときに、初めてそこにオシロイバナが成長していたことに気が付いたんだ。何故だろう、という気持ちで僕はすごく不思議だった。一か所に群をなして集中して咲いている真っ赤なオシロイバナは、それから毎年そこに咲いた。少なくとも僕がそこに住んでいる間は。
そして震災とともに全てがなくなった、というわけさ。そこの団地は取り壊されて、新しい、地震動に追従変形する緑色の外装パネルに覆われた、大きな不動産会社のマンションが建てられた。
それは今でもはっきりと思い出すことができるんだ。
驚きというか、新鮮な虚を突かれた感情が心の底から離れなくて、ある意味では懐かしくもある。だからよけいに不思議なんだ。花が実から育って、花がつくことも知ってた。駐車場の部分はたしかに三階よりも日当たりは少なかった。それに砂利敷きだったから花が良く咲く環境でもない。車の排気ガスも当たる位置だしね。確かなのは、それが意図せずにあらわれた状況だったということなんだ。
何ゆえに俺は、そもそもそうしたら、実をそこから落としていたのだろう。
それがわからないから、ある意味ではオシロイバナの赤い花々の光景ですら、当然には自分の記憶だと自信が持てないんだ。もちろん色々な可能性が考えられるからね。〇・〇一パーセントの確率で作り話か思い違いじゃないかと足元をすくわれる恐れを感じるんだ。
でもそれが不確かなら、なにが確かだというんだろう。ほとんど最初の唯一の、絶対的な感受の記憶が、不確かだというのなら。」

話が止まった。通りに袋が風に吹かれて飛んでいた。大型スーパーマーケットチェーンのビニール袋。色は白地に青だったと思うが、この際だから黒でもいい。いつのまにか風が出ていたのだった。
「君はそのオシロイバナの実に話しかけてみた?」
私は尋ねた。
「どういうこと?」
「何かそのオシロイバナの実は訴えていなかった?」
少し彼は考えてから言った。
「もしかしたら話をしていたのかもしれないね。でも覚えていない。」
「なるほど。」
「どうして?」
「ひとつの仮説、あくまでも仮説として聞いてほしいんだけど。」私は注意深く言おうと努めた。「あなたはその実を投げようとしていたのではないかしら。空中に向かって、腕力と技術を試そうとしていたんじゃない?思い付きだけれど。」

「たしかに。」彼はそっけなく、まるで他人の子供の主張を評定するような声で言った。「力が足りないからそれは落ちていった。」
「そう。野球のキャッチボールのように。相手めがけて、ミットめがけてボールを投げるように。あなたはどこかに、それを投げようとしていたのではないかしら。」
「すると、落としたのではなくて・・・凄いね。その通りかもしれない。」
だが、私からすれば当たり前の仮説だったのだ。
沈黙が私たちの間に広がった。あまりに静かで、宇宙に充満している物質が不規則に運動しているのが手に取るようにわかる気がした。私は幼い彼の小さな手が柵の格子から飛び出して、黒い実が地面のほうへ落下していく様を思い浮かべた。何かが聞こえるだろうか。
「何故そんなことがわかるの?」
少しして彼が尋ねた。
「人は遠くへ投げようとする生き物だと思うの。なんとなくそんなことを考えていたのよ。」
彼は何も言わなかった。
「少し考えてみてね。」
「うん。じゃあね。」
私たちはそうやって、その日の通信を終えた。


 9

太陽が移動して、道は黒い影で満たされ、とたんに寒くなった。私はベランダを退散して部屋に戻った。この国発祥の衣料品チェーン、LKでとても安く買った黒いダウンジャケットを着た。日本のLKで買うよりもずっと安かった。
それを着て色々な国へ行ったのだった。とてもよくできたジャケットで、全然壊れなかった。あんなに無茶して毎日のように着ていたのに。ラスキンと同じように、それも相棒のようなものだった。
でももうゴミとして捨ててしまった。どこかに行ってしまった。壊れなかったからといって、永遠に手元にあるわけではない。それは私がよく調べて選んだものではなかったからだ。今となっては、それが強く感じられる。

私は市街地のほうへ行くことにした。歩きたかった。季節は冬だった。私はこの国では冬でもビールを飲む。みんな飲んでいるし、そのことは私を安心に導く。そしてそれはカメリアだ。それは確かなことだ。フタをポケットに入れた。
道に出るとカフェのなかが見えた。サッカーの試合は終わっていた。日本から帰化したメーレエフ・ドイが一番健在だったころのこの国の代表だ。そういえば大体いつごろか分かってくれるだろうか。ホセがいろいろと教えてくれて、初めて私はサッカーというものに興味を持った。私には普段、サッカーを見る習慣がない。
バスの停留所まで坂道を下っていった。停留所の付近では一段と寒さが増した気がした。さっきまでのあたたかさが嘘のようだった。道に立っている広告塔のガラス板が割られて、あたりに破片が散乱していた。前の日の夜、大きな音がしていて目を覚ましたことを思い出した。たぶん男たちが体をぶつけたか、壜を投げたりしたのだろう。勢いあまってそうやって力をこめて、何かしらのかたちで、だれかがそういうことをしたのだろう。散乱しているガラスの粒子はその結果にすぎない。強化ガラスだという証拠に、それはきれいに小さな粒子状に割られていた。丸い粒、丸い粒、丸い粒。小さすぎて風にも吹かれない丸い粒。そのうちのいくつかは、舗装の白い真四角の石の隙間に入り込んでいた。
バスに乗っていく段階になっても、私は下り坂を下り続けた。ひとつの大きな川に向かって、道という道は下っていく。そういう町の構造なのだ。
トム広場で、バスはトム伯爵の銅像のまわりを回転する。それから海へ向かうブールヴァールを下っていく。バロック式の都市計画の適応。あてもなく私は流れる景色を見続けた。ケリー広場で私はバスを降りた。そこにはケリーの反対側にドイの銅像が作られていたが、今の大統領によって壊されてしまった。画像のなかのひきずられたドイの銅像丸いの鼻は、赤く塗られていた。

頭のなかが空っぽになった。確かめるために思いっきり空き缶を蹴ったら、負の二次曲線を描いてカランと床に転がった。
私はケシュ・オビのほうに歩いて行った。今度は上り坂だ。このあたりは昔からきれいな舗装が続いている。だが、あいも変わらずタバコのくずやゴミがそこかしこに落ちているのが目についた。
ゴミひとつにしたって、人間には実に色々な考えがあるものだ。例えば一年前から留学しにきているキョウコなんかはこう言って、この国に住む私たちに警鐘を鳴らした。「ポイ捨てなんてあり得ないよ。高校生なんかがたむろしてたくさんポイ捨てをしているのよ。私たちは、絶対そんなことをしてはいけないわ。そうでしょうアサミさん?」でもあの時からハマーもポイ捨てしていた。ロドリゴもしていてた。皆していた。
ケシュ・オビに行く途中には、そのころはまだカフェやら雑貨屋やら、たくさんの店が並んでいた。私は前から気になっていたイタリア料理店の前をゆっくりと通り過ぎた。するとその脇に今まで気が付かなかった小さな小道が見えた。ちょうどその街区の中心にあたる場所に続いているようだった。道からは死角になっていて少し恐かった。少し先で舗装が終わっていて道に土が見えていた。私は舗装よりも、規則も珍しさもないその粗野な土くれが今にふさわしいと思い、その道を先に進んだ。


10

入っていくと土のまま残された空間があった。四方は建物に囲まれていた。地面は少し先から膝の高さ程のススキ色の草に覆われていた。赤いKIA製の自動車が小道の先の土の残っている突端に、頭を向こうにむけて置いてあった。地面には轍が乾いて残っていた。建物はこの中庭のようなものに向かって光や風や空をとりこもうと、窓やベランダを配していた。頭の上には四角形の空が切り取られていた。
私は白い漆喰仕上げの壁を背にもたれかかった。そして今回起こったことを整理してみようと試みた。時系列順に物事を並べてみた。

① ロドリゴがカメリアの壜のフタを投げた。それは庇の上に着地した。
② 私の投げた最後のピスタチオの殻は、ごみ箱に入らなかった。
③ 私の壜のフタがお喋りをした。自分のことを放っておいてほしいと言った。
④ マイクの話のなかで、オシロイバナの種が、(おそらく)投げられた。

四つの文章をずっと頭のなかでループさせた。一つ一つの場面、場面を思い浮かべようと努めながら、そっとポケットの中のビール瓶のフタに触れてみた。とがった先が指の皮膚に食い込んだ。しゃくれている部分が知覚できた。私はそこに親指の腹の部分を当ててみた。そして反対の平たい側から、他の指を用いて交互におさえるようにしていた。そのままフタを目で見ることはせずに、ポケットのなかでじっと振動させておいた。
空地には発泡スチロールの箱や、段ボールの箱や、木片でつくられた看板といったものが打ち捨てられていた。仮設トイレが二つ、一つは起立し一つは横に倒れて、やはり打ち捨てられていた。それらも誰かが何らかのかたちで置いていったものだった。足もとにはタバコの吸いがらやどこかの店の広告がおちていた。
なぜ投げられたのか、どう投げられたのか、それは意味しているとすれば、何を意味しているのか。
全てが乱雑でまとまりがなかった。私は目を閉じた。靴の裏に土くれの柔軟な触感があらわれた。疲労のたまった足裏が、耳になったように感じられた。

土の声を聞け。投げられたものについて、一つ一つ調べていこう。今まで何も学んでこなかったわけじゃない。そして私は、この中庭に落ちているものを取り除いていった。まっさらな地面と草だけが残った。その、いい位置に、私は葉の落ちた、高さ七メートルほどの木を生やしてみた。ちょうど模型のコンタ部分に木を丁寧に植え込むように。指先でねじって幹を作り、緑色に薄くスプレーして、先にピンセットをつけて、地面にゆっくり突き刺した。すると自分が色のぬられていない、真っ白の人型フィギュアになったように思われた。
それから私は私を四階のベランダに置いた。フタをポケットから出して、オーニングに狙いを定めた。その緑と白のボーダーがわずかによじれていた。風はわずかに右頬に当たっていた。どれもわずかだった。気にならなかった。
私はロドリゴの腕の振りを思い出した。私も同じように振ればあそこに落ちるはずだ。下では草が空のほうへ起立していて、カフェの前には赤いKIAがとまっていた。

「ロドリゴ、私も投げてみたいの。投げられるかしら。あそこまで届くかしら。」
「フタに聞いてみなよ。それはフタが決めることなんだ。君がフタとともにね。全てのフタを投げるわけじゃないさ。いけそうかな、というときにいくのさ。」
「あの庇の上に行きたいって、あなたがフタとともに、決めたの?」
「そうだよ。」
「でも私のフタは放っておいてほしいというの。」
「まぁ、何とも言えないね。何もやりたくない奴も、多いんだ。それに、全てを言葉にしているわけでもないし。便宜上の、あるいは瞬間判断的な、嘘だっていうこともある。」
「じゃあどうすればいいのかしら。私は何かを試してみたいだけ。」
「そう決めれば、周囲の状況がどうであれ、到達はするさ。」

そして、枯れた木がそこにきちんと立ってているのを確認してから、フタに触って話しかけた。振動の波が頭のなかをうろついていた。
「話がとぎれちゃったけれど…世界=自分ってわかる気がするわ。そういう考え方って結構…孤独じゃない?」
「ある意味では感情をシャットダウンしています。そうしないと怖いんです。」
「何が怖いの?」
「もちろん、きちんと捨てられない、ということです。きちんと捨てられないフタになってしまう、ということに対してです。」
トラウマになるようなことがあったのかな、と私は聞こうとしたが、とどまった。あまり攻撃的になってはいけない。

「僕は嘘はついていません。でもあなたは嘘をついています。ちょっと気づいたことを言ってもいいですか?」
「はい。どうぞ。」
「隠しているんでしょう?僕だけじゃないということはわかっているんです。僕以外にも、いるんでしょう、こんな主張をするフタが。」
私はわからなかった。始めてフタと話したというのも、不適切だと考えた。特別な印象を与えてしまっては、ますますフタが心を閉じるだけだろう。
「いいんです。いいんですよ。それについて、あなたには発言することも許されていないんでしょう。」
私は黙っていた。

「あなたは何をすることが好きなの?」
「会話をすることです。出来ればこうやって二人で。お互いの意見がまっすぐ分かり合う機会って、ほとんどないからです。」
「なるほどね。それは私もいいことだと思う。」
「アサミさんは何をすることが好きなんですか?やっぱり投げることが好きなんですか?」
「そうよ。私は投げることが好き。それに、投げたものが、きちんとそこに到達することが好き。見ていることも好き。」
「そうなんですよね。」
不思議そうな声で、フタは言った。そこには諦めの気配も感じられた。

「最初の話に戻ってもいいですか?」
「はい。」
「結局、一貫性とか、ひたすら何にもならずにいることっていうのは、自分自身にしか解決できないことだと思うんですね。でもあなたのような投げることが好きな人がいる。別にそんなこと、正直に言うと、望んでいないんです。襟元を掴んで罵倒することもできないから、従っているまでです。」
「私はあなたをなんとか手伝いたいの。だから何でも言ってほしい。同時にあなたはもう私のフタになってしまったわけだし、少なくとも手を離れるまでは、一緒にいなければならないのよ。放っておくこともできないのよ。」
私はもはや自分の論理が飛躍していることに気づきながら、後ずさりもできずに言った。

フタが笑い声を漏らしながら言った―滑稽ですね、都合がよすぎるんですよ。繰り返しになりますが、望んで捨てられる道を選んだわけではないんです。だからよっぽどメイドに扱ってもらったほうがいいというか。処理されたほうがすっきりしているというんです。装飾の放棄です。結局アサミさんは、僕に選択肢を与えて逃亡しているのではないでしょうか。
でもまぁ話すのは楽しいですね。こんな風に話を聞いていただいて、嬉しかったです。模型まで作ってもらって。大げさすぎる気もしますが、迫力はありますね。
もうここら辺で幕引きにしましょう。望んでいないですが、諦めます。やるならやってみます。捨てられるのも最低限の経験なのかな、ここまで来たら最後までやるしかないかな、とも思っているんです。土くれに捨てられるというのもまたとない機会ですし、今までの力を試してみたいと思います。

行け。今だ。
ロドリゴの声が聞こえた。
間髪入れず、私は、フタを投げた。
それは感触なく落ちた。音も聞こえなかった。

だが、何故、空想の模型の中でも外れてしまったのか、私のほうでは腑に落ちていた。私には技術がない。それに根本的に腕力がない。しかも下は道ではなく中庭であり、車も人も通らない。そんななかで、それを再演してしまったことに、いいようのない後ろめたさを感じた。力不足なのなら、真向勝負したほうがよかったのかもしれない。逃亡だといわれても、受け入れるしかなかった。道は道で、一つの現実だったのに、どうしてこんなところで一人でフタなんて投げているのだ。
ふと、ひとりで食事をとっている女のことを思い出した。私たちが存在しないものとして意図的に扱っていた、国籍すらもわからない彼女だ。人間でさえ、そういう状態にすることができると思った。だが、このフタは、もはや放っておくこともできずに、私自身に深く結びついていた。一人でいることと、放っておくということが、同じものごとを指しているようにも思えるし、違うものを指しているようにも思えた。まるでバルコニーとベランダの違いのように。
私は直感的にロドリゴやジュニオールに申し訳ないと思った。でも、皆、やさしい言葉をかけてくれるだろう。良くも悪くも。「まぁ考えたって仕方ないさ。」そのような言葉だ。
もうこうなっては、収集もつかない。私は彼らのもとに戻れない場所まで進んでいきたかった。私は箇条書きにした四つの文章のうち、ピスタチオとオシロイバナについて、引き続き考えを巡らせ続けた。質感、投げる動作…考えられうるありとあらゆることを網羅させようとしながら。


11

私は別の建物の三階にいた。私は背が小さかった。バルコニーの手すりの高さの半分と、あとちょっとぐらいしかなかった。そしてオシロイバナの種を投げようとしていた。
上に向けた左の手のひらには、オシロイバナの種がいくつかたまっていた。右手に一粒、種を持った。それをひとつ、柵の縦格子の隙間から空中に投げた。落ちていく先は見えなかった。背が小さいから、目の前の向かい側の建物と、上には空しか見えなかった。
手で柵を握りしめると、エレベーター・カゴのジャバラのように、ひんやりして冷たかった。塗装が剥げて、錆が見えていた。私のまわりでは、全ての物が大きかった。オシロイバナの種をまた一つ右手にとった。それはカメリアのフタと同じぐらいの大きさに思えた。
私はそれをじっと見た。私は団子虫を思い出した。黒くてわずかに凹凸があった。爪を立てて個体であって生物ではないことを確かめた。全体にはきれいな球体だった。指先で少し転がした。
「何か言うことはない?」
転がしながら色々な面から見つづけた。ここからでも花が咲いてくる、と思った。同時に赤い花が咲くなんてとても思えなかった。そのものを見ただけでは、話に聞いていて理解してはいても、緑の茎や葉が実際に出てくるとは直感的に思えなかった。左手の上の黒い球体の集まりは、不気味なほど無機質で、まるで機関銃の中に入れる弾丸のように見えた。つるつるしていて、少し力を入れてつぶそうとしても、固く抵抗した。皮膚のほうが変形して、やわらかくそれを包み込んでしまうようだった。
私はここまできて後悔の念を押しとどめることができない―ああマイク、私が誤ったことがあったとすれば、それは…投げたのではないかという仮説をあなたに与えたことだった。あなたの青白い声を思い出しただけでも、私の背筋は凍り付き、鳥肌が全身を覆う。その記憶は、こんな風に手の上で転がしていればいいことだった。触り続けて、感触を確かめ続けていればいいことだった。簡単に投げるということについて考えてしまった。暴力的だった。その時、「滑稽だ」と思えないくらい、あなたは無防備だった。私には技術も腕力もなかったのに…当然自分で選んだもののように、それに虜になっているように得意げに指摘して…寮のエレベーターのように故障したら階段をのぼればいいというわけでもないのに。

黒い種を無感動に投げ続けていると、隣に私と同じぐらいの年かさの少年がやって来てこう言った。
「これ、僕、集めていたんだけれど、もういらないんだ」
彼は私の手から種をとって、投げた。そしてじっと下をうつむいて、自分の足元を見ていた。素足だった。
「だから投げちゃって全然いいんだよ。持っていても仕方ないし。配って歩くほどのものでもないし。どこかに行って、もし花が咲いたら、その方がいいと思うんだ。このまま持っていて、突然緑の茎や葉が出てきたほうが怖いし。いっぱいあるでしょう。ぼく、頑張って集めたんだ。でも、もういらないんだ。」
少年はそう言って、また種をひとつ、つまんで投げた。種は虚空に飛び出して姿を消した。わずかに風が吹いていた。いい具合にわずかだった。
「どこから集めたかって言うとね、幼稚園に行く途中とか、坂の下のケーキ屋さんの近くとか、この団地の入り口の脇のあたりとか、色々なところから集めたんだ。よく探すといろんなところにオシロイバナって咲いているんだ。ぼく、自分の手の届く範囲にある種って、全部採ることができると思うと、すごく楽しくなっちゃったんだ。それで、一生懸命集めたんだけれど、ちょうどこんな具合にたくさんになった時、このまま集め続けたら、このオシロイバナってどうなっちゃうんだろうって思ったんだ。それで恐ろしくて、途中からほどほどに間引いて採っていった。次の年もそこに花が咲くように。」
少年はまたうつむいた。私も素足だった。
「足の裏、ひんやりとして、気持ちがいいね。」
「そうだね。」
集められたオシロイバナの種は、ひとつ、ひとつ、と彼によって投げられていった。その投げられた種の行く先は見えなかった。投げて、終わりだった。そして私の手のなかから、少しずつ種が減っていった。種の積み重なりが少なくなっていくと、投げる間隔が長くなっていった。陽が落ちていき、突然空が紫色を帯び始めた。白い団地の外壁も染まっていった。影が長く伸びていった。
「君も投げなよ。」
そうやって、彼がひとつひとつ投げるのにあわせて、私もそれをひとつずつ投げるようになっていった。一緒に投げていると種の減るスピードが早まる気がして、ますます種が貴重な存在に思えた。
「いろんなところに投げたほうがいいと思うからさ、こっちの方からも投げてみようよ。」
私たちはベランダの端のほうに移動した。頭のうえには洗濯物が、鋭くなりすぎた赤いななめの陽光に照らされて、吊り下げられていた。

一緒に投げてくれてありがとう。僕の出番はここまで―むしろ、少し投げることにも飽きてしまった。だって空を見ているだけだって、川を泳いでいるだけだって、気持ちいいだろう?これで、こうやって僕が最初に投げることで、あなたやそのほかの人たちの役に立つなら、それでいい。いや、それがいい。役に立ったという、それだけが存在しているのがいい。
僕のまわりではね、みんな常に特定の問題について頭を悩ませていて、それでいさかいが絶えないんだ。時々相手に物を投げたりもするんだよ。そうするともう一人のほうが金切声をあげるんだ。そういうのを黙ってそばで見ていると、だんだんと自分自身が悪い気になってくる。自分自身なんて、この世に存在しなければいいのになぁと思えてくる。大体そばでそれを見ているのも、見たくて見ているわけではないんだ。ある意味ではそんな暴力的なもののとばっちりを受けたくないからだし、ある意味では他に見るものがないからなんだ。

彼はじっと自分の手のなかにある種を見つめながら話していた。私は最後の種を自分の手のなかに持っていた。
「この種を投げたらいろんなところに花が咲く可能性が増えるだろう。まぁすべての種が花を咲かせるわけではないにしろね。だからなんか、救われた気がするんだ。集めるのは集めるので楽しいんだけどね。もういいんだ。」
そう言って彼は種を投げた。彼の目は投げ出された虚空をまっすぐじっと見つめていた。
「こうやって投げ続けてほしい。その輪のなかに、僕みたいな人は、不適切な気がする。最初から持っている問題が多すぎるし、それで僕は慰めのために手始めに、こうやってオシロイバナの種を投げたんだから。それがいいことだと思ってね。投げることが適切でないのなら、すぐさま中止してほしい。そのタイミングが分かる人って、ほとんどこの世にいない気が、僕にはするけれど。」
それから、私も続いて最後の種をひとつ投げた。思い切り、力をこめて遠くに届くように。すると彼が手を差し出して、開いた。
そのなかには、ピスタチオの殻が入っていた。それは二つに割れて、じっとそこにあった。それが私がこれから投げていくものの、そのものであるかのように。
確かに白い手と薄い殻だけが残った。他にはもう何も見えなかった。


12

私は目をあけた。部屋に明かりが灯っていた。両腕に疲労を感じた。足と手は動こうとしなかった。それは私のものではないように感じられた。身のまわりの世界も、私のものではないようだった。
停まっていたその赤いKIAをみると、片輪がなかった。よく見るとそれはずいぶん錆がでて、全体的にくたびれていた。ずいぶん手直しをしないと実際には乗れなさそうだった。行き止まりでそれは乗り捨てられているようにみえた。私はその赤いKIAを電話の内臓カメラで撮影してマイクに送信した。

私だってこの捨てられた赤いKIAみたいなものだと思ったのだった。遠くへ行けそうな気がした。月まででも。空想上のランデブー。
オシロイバナの種やビールビンのふたのそっけなさやシンプルさがうらやましかった。
でもそれらは彼らのものであって、私のものではないのだ。


マイクは五年前に死んだ。自殺した。身を投げた。
何故彼は死んだのか。たくさんの人が、私のところへ取材に来た。
一切オシロイバナの種の話はしなかった。まさか誰も信じてくれないだろう。

何かを投げるということ。これはいったい、どうしたものだろうか。
色々なものが投げられてきた。これからも投げ続けられるだろう。
私にはもう安易に、何かを投げることなんて、できない。

私の知らないところで、彼らはまだ何かを投げ続けているだろうか。
そうだとしたら、何のために投げるのだろう。
私の遠くへ投げうるものは、いったいどこにあるのだろう?

ロドリゴは庇のうえにフタを投げ続けた。一度なんてカフェの目の前で、店のなかにいる皆がテレビに夢中になっている瞬間に、フタをオーニングのうえに背面投げした。彼は私に向かってウインクを送った。
ポニーテールの少女は一人で食事をとり続けた。
二人のルーマニア姉妹は国へ帰るまであいかわらず仲良しであり続けた。
ハマーもホセも就職難と叫ばれる中でしっかり就職した。

カメリアの味はやはり水のようで、ラスキンは不規則な音を流し続けた。
その好みは今でも変わっていない。それらは私を裏切らない。
でもピスタチオの殻については、可能な限り避けるようになった。普段は何事もないかのように振る舞うことができるけれど、心の奥では違う。それを、その存在を、私は、認めたくない。私は、まだ、許すことができない。受け入れられない。
このつのっていく孤独は、消え去ることはないだろう。行動も感情も利害も、私を捨て去ることは未だにない。


私は仕事の都合で、この国に二年前から住んでいる。外国語を喋れるということは、いやでもそれを学んだ場所や時間のことを思い出させる。能力を活用する機会も、向こうからやってくる。
そのカフェも大学寮もそのままだ。
歩道の舗装が、タバコの吸いがらや小さなごみが散らかっている。
この通りは何も変わっていないかのように見える。


私たちは、私が送った写真そっくりの車に乗っている。AVISのレンタカーだ。それはマニュアルではなくて、傷がついていなくて、脱輪していないところだけが違っている。
マイクは助手席に私を乗せて一日走ってくれる。静かで丁寧な運転だ。
私とマイクは交差点に差し掛かる。ガラスの破片が散乱していたバス停がその先に見える。私たちには私たちがベランダ(あるいはバルコニー)から、オシロイバナの種を投げているのが見える。ハンドルを握ったマイクは予想以上に感情がなく眠たげな表情をしている。まるで隣に私が乗っていないかのように。車のなかにはピアノの独奏が流れていて、マイクはリズムをハンドルの縁でたたいている。
種は垂直に落下して、舗装された真四角の石の隙間に入り込む。石の下はモルタルだ。その種は花を咲かすことはないだろう。それに強化ガラスのかけらが、栄養剤になるわけでもないのだ。風はわずかに吹き、影はいい角度で変わらず落ちている。
信号が変わり、アクセルを踏むと、赤いKIAが坂を上りだす。



2014.03.27(Thu) - 詩と作文 2014


グレイハウンド



まず彼女の子供が死んだ。彼女の過労ということだった。ただ要因はそれだけではない気がする。妊娠してからというものの、体調が悪ければ早めには帰るようにはしていたし、僕たちはそれをうながしもしていたのだ。
その知らせは正月の三が日のどれかにやってきて、風にのってすぐに消えていった。人気のない目ぬき通りに、不意にやって来た、強烈な黒いスーパーの袋のように。
北野駅(八王子のほうだ)の近くの焼肉店で最初のタン塩が焼かれ始めて、まさに裏返されんとしていたときだった。
「知らない?駄目になってたの。」
ヒデユキはトングを右手に持って、左手で自分の腹のあたりを押さえながら言った。
僕は人差し指二本を×マークにして、眼を見開きながら首をかしげた。
「そうそう。」
ヒデユキは上司だった。ソファーには『会長』と呼ばれる男が座っていた。なぜ八王子かという原因となる人物だった。白髪で眼鏡をかけ、手が異常に大きかった。以前は有名な着物の針子だったということだった。ヒデユキが懇意にしているこの男の住まいが、北野にあった。『会長』もヒデユキも、ゲイで独身だったが、ヒデユキが言うには、『会長』の言うことは、よく当たるらしかった。だが、その内容についてあまりよく覚えていない。そのとき彼が彼女についての会話には参加してこなかったからだ。
確実なことは、僕は『会長』とヒデユキに気に入られたらしく、人気のない個人経営の焼肉店で、男三人の新年会に参加していたということだ。それと、彼女の子供の死の話は、膨らむことなく消えていったということだ。彼女も上司だったが、僕と同い年だった。優れた美貌と、愛嬌のよさで、ヒデユキその他の『おじさま』を転がしていた。ヒールを履くと170cmはあったはずだ。メイクはばっちりだった。頬はいつも赤く、細い体にスーツのほうからぴたりとすり寄っていた。男らしく豪快に笑うこともあれば、女性議員のように滔々と問い詰めることもできた。
『おじさま』のなかにはキャバ穣のようだという人もいたが、まんざらでもないようだった。そうして彼らは、僕を夜の道玄坂に誘った。キャバ穣という表現が正しいかどうかはわからない。夜の遊びについて、興味がない、と断っていたからだ。いちいちそういったやり取りをするのが、とても面倒だった。僕はチームでほとんど一番の下っ端で、彼女を見ていると、同い年の人間が、時にはほとんど命令にも近いかたちで、年上のメンバーをコントロールしていることに感服した。これは絶対に真似できない、と思った。

ヒデユキと八王子から六本木まで、中央線と銀座線を乗り継いで行った。飲んでいくか、いきましょう、本当にいくの、ええ。そんな調子だった。夜12時をまわったころ、駅出口近くの交差点の脇の立ち飲みバーについた。五人ほどすでに人がいたように思う。そこには僕の一つ上の先輩だが同い年の、マキコさんがいた。三人がならんで立つと、カウンターにはほぼ等間隔で人々がいるかたちになって、妙な一体感が生まれた。なぜかといえば、どちらでもさして変わりはないのだが、人というのはいくつかの塊に分かれたがるものだからだ。そうすれば互いの塊が認識できる。
マキコさんに彼女の子供の死についてきいてみた。
「そうみたいだね。」
「なんていうか、無理しすぎたんですかね。働いてましたからね。」
「そうだね。だから、私がもっとしっかりしなきゃって、思っちゃうのよね。そうやっていつも、思うんだけど。」
「現状、彼女の代えがいないですからね。」
「そうそう。それからノゾミンも辞めちゃうって知ってた?」
「知ってますよ。」ノゾミさんも、シキコさんと同い年の、これまた先輩だ。
「知ってたんだ。だって発表された年末最後のミーティング、出てなかったでしょう。」
「事前に聞いてたんですよね、ヨッピーから。」ヨッピーことヨウジ係長も、同い年だ。なぜこうも同い年の人間が多いのだろう。
「そうなんだ。なるほど。」
マキコさんは目の前のバーテンダーの立つ向こう側の、空間のうえの空気を見つめた。どんどん人がいなくなりますね、と僕は言った。
「そうだね。」
「…誰かまた補充されますかね。」
「さすがに、たぶんあるでしょう。」
チームは慢性的な人手不足だった。彼女を中心にメンバーはまとまっていたが、離脱とその引き止め、新たな補充が定期的に行われていた。毎月のように歓迎会、兼、送別会が開催されていた。そのたびに新しい宴会会場を探さなければならないのが、なんとも面倒だった。出来損ないのメンバーが他にまわされ、ノゾミさんのようなよく出来るまじめな人は辞めていった。
そして彼女も死んだ。年が明けて最初のミーティングで、ヒデユキから発表された。メンバーのなかには、彼女の政権交代を望むようなことを言う『おじさま』たちも少なくなかった。僕の考えでは、そこにはヒデユキも少なからず含まれていたように思う。彼女と僕たち、マキコさん、ノゾミさんのようなプレイヤーを結ぶ、サブボスのような人たちだ。ヨウジ係長もそこに含まれていた。それでも彼らは彼女の死に一定のショックを受けたのだと思う。流産に引きずられて、数日後に息を引き取ったという。葬儀はすでに済まされた。席に戻ってからも、得意先に接するかのように、互いにみんな、丁寧に話した。
新しいリーダーにはヒデユキがつくことになった。そしてノゾミさんが辞め、新しいメンバーが追加された。引継業務にともなういくつかのクレームがあった。しかし僕たちはおおかたの場合、何ごともないかのように、着実に業務をこなした。周囲で変化することはいつも通り多かった。しかしそれにはもう、すでに慣れきっていた。新卒の採用人数が大幅に拡大され、類をみない人数の新人たちのための教育プログラムの作成にあたった。税率の変更に伴うアナウンスの方法やシステムの変更について、議論がなされて共有が行われた。株価は極端な下落を起こしたが、徐々に回復していった。あらゆる変化について、顧客から質問されたときの受け答えについて、僕たちは一番の楽しみであるランチを食べながら、時間を惜しんで話しあった。

仕事中、ヒデユキにたびたび呼ばれるようになった。彼女にもよく呼ばれていたから、最初ヒデユキが彼女のやり方をそのまま真似ているだけでは、という思いがよぎった。それでは、彼女は違ったかたちであれ、永遠にいることになる。呼ばれると、議事録の取り方や、印鑑をもらう順番など、細かな点について指摘された。これも面倒なことだった。僕はあまりに些細すぎるというときには反論することもあった。すると、彼はそれまでディスプレイに向けていた顔をこちらに向けて、よく鍛えられているに違いない腹筋から、あの低い声を出すのだった。「なんだ、怠慢なのか。」何しろ彼の着座する姿勢が、マニュアル通りといった具合に美しいのだ。そのせいか彼の顔には申し訳なさは読み取れなかった。まるで何ひとつ迷いなく的の中心のみを見つめる、アーチェリー選手のような眼だった。なおも引き下がらずに、みな苦労しているとそのまま言ってやると、最後には笑ってこういったこともあった。「そうなのか、それなら後で他部署と相談してみるよ。」この姿勢は彼女とは異なるものだ。
彼女の場合はこんな風には済まなかった。彼女は折れるということがなかった。少し風にあおられて、しなるということもなかった。呼んで指摘するときには、徹底的に問い詰めた。こちらが反論しようとも、自分の考えを曲げて意見を取り入れるということがなかった。彼女は僕たちの前では、いつまでも正しいのだった。強制力にあふれた声と眼と表情をまえにすると、服従してもしなくても結局は同じなのだから、いっそ服従してしまったほうがいい、という考えが浮かんでくるのだった。
ほかに決まって起こっていたことといえば、火曜日の帰宅時間になるとヒデユキが、よし飲みいくか、と声をかけてきた。業界の慣習にならって、会社は水曜日休みだった。僕は適度によく付き合ったと思う。決まって八王子のほうまで行って、『会長』と合わせて三人で焼肉店に行った。時折、『会長』の若い男が同席した。大学生ということだったが、ひどく丁寧なしゃべり方をした。僕は正体がわからない感じを受けたので、ほとんど彼と喋らなかった。
断っておくが、僕はヒデユキと親密な関係はなかった。どちらかというと『会長』が僕のことを気にしていたらしい。ヒデユキはよく、『会長』が一緒に飲みたいんだって、と顧客に使うあの猫撫声で言ってきた。ただそれは口実だったかもしれない。『会長』は最初、「あらかしこいよねぇ」とか「この子はものわかりがいいわぁ」とか言って、膝や肩に手を置いた。もう六十歳をすぎているということだった。戦後の麻布の話、「どの通りのどこに自分の店があった」とか「どこの副社長がよくうちの店に来てた」とかいうことをよく話した。それから僕のしゃべり方や人となりについて論評と助言が行われた。それによると、僕は、「頑固」ではなく、「強情」すぎるということだった。あながちそれは間違っていない、とそのときは思ったが、いまではどう違うのかよくわからない。あとはというと、肉の焼き方にこだわりがあった。僕の焼き方が悪いと、ヒデユキが代わりに焼いた。ヒデユキが悪いと、自分で焼いた。僕は何回かその会に参加したが、うまくなじめなかった。それが向こうにもわかったのか、ある時から誘われなくなった。

ヒデユキに誘われなくなると、それはそれで何か物足りないのだった。それで再び、彼女のことを考え出した。彼女が新築した家で一度パーティーをしたことがあった。彼女は寛容だった。大きな器のようだった。彼女が、僕とも、シキコさん、ノゾミさん、ユッピーとも同い年だということが、信じられないくらいに。それは彼女の超えてきた試練と修羅の高さを想像させた。会社では呼び寄せてにらみつけるか、罵声をあびせるかであったが、パーティーとなるとひどく物腰が柔らかいのだった。もちろん彼女のほかに、同い年で家をたてた者などいなかった。歩いてそのなかに入ると、すでにみんないた。彼女はある椅子の背もたれに手を置いて招き、僕のすぐ横に座った。ビールでいいか尋ね、グラスについだ。とても自然で、とげとげしいところががまるでない、花の茎のように滑らかだった。机の上には大げさなものはなく、丁度最後の鍋が運ばれてくるところだった。チームの『ママ』ことグッチーが、それを持ってきた。三田係長が立ち上がり、そう、あの物腰が低くて、時に本当に怒り出すと誰もが恐れる三田係長が、小皿に取り分けてくれた。だから僕は一番の下っ端で、遅れてきたにもかかわらず、全てをみんなが、あたかも当然であるかのように、セッティングしてくれたのだ。特に固い感謝の言葉を言う風もなく、不思議だった。パフォーマンスでもなかった。それをずっと、彼女は無駄口の一つも言わず見ていたのだ。彼女は自分の発する力というものに非常に意識的だった。彼女はヒールを履いていなくても背が高かった。前には赤いエプロンをかけていた。リビングで出来上がったメンバーがソファーに座って、ワインやチーズとともにお喋りをしていて、そこに遠くから友達のように声をかけた。僕の隣の椅子に座りながら、リビングとダイニングの全体を、ずっと見ていたのだった。そのパワーをひしひしと、僕は感じていたのだった。
思い返してみれば、このパーティーは、子供と彼女が死んだ年末の、ちょうど同じ12月に催されたのだった。彼女が妊娠していることは、もちろん全員が知っていた。一月も二月も三月も会社に出てくる予定だった。彼女はエースであり、成功者であり、休みをとらないことは、ある意味で不思議ではなかった。それは彼女自身が選択したものだと、ある意味では思われていたのだ。しかし、ヒールを履かなくなり、腹は膨らんできていた。時折、決して以前は見せることのなかった辛そうな表情を仕事中に見せることがあった。そういうところをみていると、果たして大丈夫なのかと、少なくとも僕は思った。それを口に出して誰かに向かったこともあった。でもその話は大きく膨らむことはなかった。彼女は代えがきかないボスだった。彼女がいなくなったチームなど、舌のうえで転がした後の残ったアメほどの重量しかない、予測に届かない逃避でしかなかったのだ。僕は囚人で、日々をいかに耐え抜くかにしか興味はなかった。それは囚人でいた方が、結局は大きな枠組みのなかで被害をうけずに済むのだという考えだった。これは僕だけでなく僕らの総意だったように思う。




四月、五月が終わり、六月になった。ゴールデンウィークに僕らの会社は休みがないので、六月の同じ時期にまとまった休みがあった。最初の日は働き続けた反動から、昼過ぎまでベッドの中で動けなかった。まるで一月から一日も休日がなかったみたいだった。そして三時を過ぎたころ、マキコさんに電話して、飲みにいきませんか、と誘った。僕は通常、SMSやLINEを使わない。面倒だからだ。別に電話に出ないのであれば、それで構わない。
それに僕は本質的な部分においては、恋愛にも興味がなかった。発展ということに関して、考えが及ばなかったのだ。そしてマキコさんも、おそらく同じだった。そう感じていたからだったが、理由はわからない。折り返し電話がかかってきて、銀座で立ち飲みすることを提案した。しかし、ヒデユキに会いたくない、別のところがいい、と言った。どうしてなのかわからなかったが、待ち合わせ場所についてはまたやり取りすることにして、夜に会おう、ということだけを決めた。
掃除を済ませてパソコンを開き、「東京 美術館」と検索した。しばらくした後、行きたい場所を選び、家を出た。歩き、駅前で食事をとり、普段と異なる路線に乗った。東京は人であふれていて、空は曇っていた。ある中心駅で乗り換えた。人の流れが、振動する波のように増えたり減ったりしていた。そのなかの一粒となって動いていると、心地よさと安心を覚えた。このように生まれ育ったのだと、あらためて実感するようだった。外の光が全く入らない地下のホールに着いて、様々な出入口から人が入り、いくつものエスカレーターが無数のホームへ人を送り出しているのを見ていると、若干の足の疲労とともに、自分が感動すらしているのがわかった。人口の白い光が充満し、靴音が満ち、遠くからアナウンスが響いていた。そのなかで立ち止まりたい衝動を抑えた。もしそうしたら、すべてが台無しになってしまうだろう。眼を閉じたら、海に立っているようだ。エネルギーを受容している瞼の裏の火照りと、波が柔らかく砕け続けている音。僕は表情をひとつも変えずに、地下鉄に乗り換えた。
美術館は駅に直結していた。何番出口から出ればいいか、ホームで確かめた。名前を知っているだけで、この美術館には一度も来たことがなかったが、いくつもの矢印を見落とさずにたどっていけば到着できるよう、通路はきちんと整備されていた。自動ドアがいくつか開き、背中の後ろで閉じた。巨大な建物のなかに、オペラホールやオフィスと一緒に美術館があった。人は通路に数えるほどしかいなかった。
チケットは地下鉄の一日乗車券ほどの値段だった。習慣として、ボールペンとメモ帳だけをポケットに入れ、コートとバックをロッカーにしまった。何か気になることがあれば記録しておける。美術館はビルの三階にあった。窓はひとつもなく、天井は六メートルから八メートルほど、壁はフレキシブルに仕切ることができるよう、照明も含めて設計されているようだった。入り口を入ると、細長い通路が作られ、小さなオブジェとスケッチが並んでいた。人間の耳、懐中時計、本、メトロノームなどが、白い石膏でかたどられていた。それから大きなホールがいくつか続いていて、動画が大中小のスクリーンやディスプレイにそれぞれ映し出されていた。それらのひとつひとつ、あるいはコンビネーションが作品になっていた。順番に見ていった。すべての作品に言葉はなかった。言葉といっては題名と作者と年代だけであった。それからすぐに、作品の初めから終わりまでの長さが、とても長いことを了解した。すべての作品を初めから終わりまで見るのは、朝から晩までいない限り不可能だった。手元のチケットブースで貰った紙を見ると、おおむね十五分から二十分あった。一つの作品だけが七分ほどの長さで、それを初めから終わりまで見た。それが特に起承転結もなかったから、その他の作品についても同様だと判断した。他に客は二回か三回すれ違ったが、いずれも女性だった。あとは各室にいる監視員だけだった。僕は最初の部屋に戻り、壁際におかれたベンチに腰掛けた。こうした印象と行動が、作者の意図通りだったとすれば、なかなか面白いと考えた。

ベンチの前にはスクリーンがあり、カラーの映像が流れていた。部屋の中で、大小の歯車が、一つ一つ独立して、床や空中で回転していた。生きた一人の人間が、その部屋に共存しているように見えるよう、工夫されていた。白い漆喰で塗り込められた部屋のなかで、ほとんど映像は完結していた。人間は男だった。壁のなかにも歯車は埋め込まれていた。映像にわかりやすい脈略はなかった。例えば部屋中のものが逆さまになっているシーンがあった。それはあるところで突然途切れて、次にまた別のおかしなシーンが続いた。順次そういった具合だった。次第に僕は、それぞれの断片がすべて、どこかで見たことがある比較的わかりやすい手法だと感じるようになっていった。例えばシュールレアリズムとか、そういった言い方を用いられるものだ。映像全体は美しく静かだという印象を与えるもので、全てを理解したわけではないが、言葉のない孤独な部屋それぞれは、どこかで見たり聞いたり読んだりしたことがあるように感じられた。だが断片が無数に感じられるよう連続していると、どことなく魅力的だという印象があったように思う。そのなかでかろうじて、いくつかの物体が、男との大きさや距離の関係を拡大したり縮小したり適正にしたりしながら、脈略のようなものを作り出そうとしていた。それは最初の細い通路で石膏のオブジェになっていた物体だった。
はじめ、あえて何かを見つけ出そうと僕はした。そのうちに映像が終わった。題名と作者のアルファベットがあらわれて、始まりに戻り、最初のシーンはこんな具合だった。白い砂浜に波が打ち寄せていた。波が砂をこすっていた。海鳥はおらず音があり、レコードプレーヤーが置かれ再生されていたが、それはノイズしか出ていなかった。この最初のシーン以外は、すべて白い漆喰の壁のなかに世界はあった。僕は次第に何の脈略を見つけ出すこともしなくなった。スクリーンは巨大だった。縦は天井から床まで、横幅は一五メートルはあったように思う。音響は、歯車がまわったり、レコードプレーヤーがノイズをだしたり、ケーブルが巻き取られたりする音を出していた。その音は、耳元で本当におこっているかのように再生されていた。展示室は闇におおわれていて、ほかに観覧者はいなかった。
僕はしっかり目を開けたままでいた。ずっと座っていた。手元の紙によると、この作品の長さは十七分ということだった。どうしてそこに座っているのかという問いが浮かんできたが、全ての作品を見終わった後に、もう一度見たいと思ったものがこれだったという、至極当然のことにたどり着いただけだった。最初に目に入った作品だったからもしれないが、そこに何かを見出そうという気をしずめたあとは、どっぷりと湯船に浸かっているように、全てが包むようにやってきた。それが去っていくという感覚すらなかった。シーンのそれぞれは、早送りされたり、通常の速さだったりして、段階的な時間の流れを作り出していたが、それは映像だけに反映されて、音楽はよどみなく通底しつづけていた。
僕はある時、眼を閉じた。あまりに気持ちが良かったからだ。理解され難いことだとは分かっているから、あまり強調したくはないのだが、そうやって身をまかせた。目を閉じたあとも、映像はそこにあるように思われたし、音だけを聞こうと思えば聞くことができた。眼は一切役に立たなくなったように思われた。波と砂浜とレコードのシーンだけが、懐かしい感覚を呼び起こしに、僕の目元にやってきた。だがそれは望ましいことではなかった。ひとつには音と一致していないからだし、ひとつには全ての景色から解放されたいという、僕の欲望からだった。
じきに足の裏から、新たな痛みがやってきた。耳と反対側から、音に抵抗するかのように。それにも支配されないようにじっとしていると、段々と世界の全てを手に入れられそうなくらいに思えてきた。それは間違いなく錯覚だったが、妙にみずみずしかった。その錯覚を打ち壊したのは、次の展示室に行く途中の通路に設けられていた、時計のオブジェだった。それは現実の時間とは関係ないかのように、突如鐘を繰り返して鳴らした。僕はそれに打ち勝ってしまわなければならなかったが、しばらくして平静を得ることができた。

眼をあけた。なくてもあっても同じなのだから、開けても閉じてもいいのだった。まばたきを意識しながらすると、睫毛はスローモーションのように動いた。それからはもう何も意識しないように努めた。ただスクリーンのほうへ顔を向け、体にあいた穴という穴から入る流れをそのままにしておいた。しばらくそうしているうちに、再び眼が、頭脳が、映像から何かを探り出そうとしていた。映像には、形式を変えながら、渦巻きや回転運動が繰り返しあらわれていることに気がついた。先ほど来、断片と感じたシーンのそれぞれを作る手法は、すでに構築された後のシステムの臭いを残していた。つまりプロセスがないのだ。手法は雑多で、多様に、横並びにつなぎあわされており、全体はカテゴライズから外れているという、未知の印象を提出していた。縮尺は変更されていた。伸縮もしていた。あらゆるものは分解された状態だった。時間の巻き戻しが起こっていた。倍速化も行われていた。そして最終的に二つの印象を僕は受けた。この作品にはミスをおかしている部分がない。たとえおかしているとしても、見つけられない部分であったり、むしろ味として解釈ができる。そしてもうひとつには、いやらしくない、ということだった。ありきたりさからくる、いやらしさから、逃れていた。こんなにも、だから、心地が良いのだ ̄そう結論づけた。そこには不安はなく、ただただ輝かしい漆喰の壁が続いていた。
しばらくはこうした時間が続いたように思う。するとある時、青い服につばつきの帽子をかぶった警備員の老人がやってきた。彼は靴底がゴムでできているのか、静かな足音で近づいてきて、もう閉館の時間なのでよろしくお願いします、と言った。僕はうなずいた。首から上だけしか動かなかった。少し失礼な格好だとは思ったが、老人はそのまま入り口へ向かう通路のほうへ行ってしまった。
体を起こそうとすると簡単ではなかった。全ての血という血が固まったようだった。指先に力を入れることから始めると、かすかに服の袖に触ることができた。猛烈な低速度のなかで、頭のなかでは、動け、動け、動かないと、動かないと、と叫んでいた。その状態に名前をつけるとすると、恐怖と恍惚だった。心臓が止まってしまうような気がした。体が動き始めると、それが自分の興奮した意識とは裏腹に、ひどくのんびりと鼓動しているのが、よくわかった。体と意識のつながりは、深く断絶されていた。そして、だんだん動くということは、あたらしく自分そのものが生まれ出るという感覚であり、自分自身のつながりを再び正しい状態に戻すということではなかった。
じっと座っていた時には、自分の視界は正しいと思われていた。しかし指先のあとに足の様々な部位、あるいは腰、背中のあたりに漫然と力を入れて試行錯誤をくりかえしていたあたりから、目の前の風景がぼやけ始めた。その印象は、自分の両手を必死に椅子の縁に動かしている間に、ますます確実になっていった。同時に耳の能力があからさまに変化して、大量に流れ落ちる瀑布のような音が頭のなかを支配した。ひとつひとつの音の粒は、手に冷たく弾けた触感がわかるように、鮮やかだった。僕はすぐに、視覚のかわりに聴覚が、身のまわりの全体像を把握しようとしているのだと感じ、そして、自分が今まさに、死に直面しているのだと考えた。

それからあとに起こったことについては、ほとんどがなぜそうなってしまったのか、よくわからない。指先に加えて今度は手のひらにも力を入れて、腕をまっすぐに伸ばそうとしていたとき、僕のなかでの高揚はすでに最高潮に達していたように思う。それは水しぶきのなかでの喜悦とでも呼べるようなものだった。眼は前かがみになった頭蓋骨のなかで機能を失っており、半開きのまま床のほうを向いていた。
これ以上動くと、何かが途切れてしまうという地点だった。心臓ののんびりとした動きを感じながら、そのままの体制を維持するなかで、立ち上がるんだ、という強い意思だけが、頭脳を支配していた。肉体全体が固くなっていた。水の流れ落ちる音はなり続けていた。しかしそれは確かに、リードが巻き取られたり、糸がたぐり寄せられたり、メトロノームが振幅している音でもあった。



僕の前に、そのとき彼らがやってきた。黒いローブを羽織った大勢の人々が一列になって、ゆっくりと行進してきた。頭から床までおおわれていて、顔も体の動きもよく見えない。足だけが前へ、前へと進んでいた。速度は、人が可能なぐらい遅く歩くとしたらという仮定の下に実験されているかのように、遅かった。半歩に満たない歩幅で、行列全体が隙間なく前進していた。気が付いたときには、彼らは入り口のほうからやってきて、僕の目の前にいた。
僕の体は自然と起き上がり、列に加わって歩き始めた。筋肉と関節に無理に力がかかったために、それとは反対に僕は、動いてはだめだ、止まらなければいけない、と頭と心の両方で叫んでいた。体は言うことを聞いて止まろうとした。しかし床がスロープになっているのか、体は実際には止まらなかった(たしかにその展覧会の床は、実際は全て平坦だったのだが)。その列のなかに入ってからは、前進のほかにどんな他の動きにも意味があり、同時に無意味なようだった。永遠に周回しつづけているのだというイメージが、僕をとらえた。
それからどれぐらい歩き続けただろう。僕は体を動くままに動かせていた。ただ音と意識だけが、破綻したかのように思われる、動くか動かないかという欲望の絶対値だけが、あふれていた。

僕はいつの間にか、気が付いたときには駆け出していた。低姿勢で四足を地面に這うように伸ばして走っていた。バターになってしまった童話の中の虎のように、溶けていくかというように。設計されたシークエンスが意図を失い、ただのコースがそこにあった。鑑賞物が何かなど、全く眼に入ってこない。むしろ何も展示されていなかったとしても、不思議ではない。覚えているのは、高速度と低姿勢からのぶっちぎりの先頭を疾駆する風景、両目の脇に流れ出ていく風景だけだ。
スタッフは誰もいなかった。美術館は先刻よりずっと巨大になっていた。変形もしていた。大きな同心円状のカーブがあり、スピードを落とすことなくそこに突入した。鼻息はますます荒くなっていった。もはや完全に動物のそれだった。
僕は一周し、一目でエントランスとわかる場所に戻ったあと、そのまま二周目に突入した。そのとき、自分のなかから躊躇という選択が完全に消えてしまったことをさとった。もう世界が追いつくことはできないまでに、全てを置き去りにしたようだった。

三周目には突入していない、二周目のどこかの地点で、僕は足を止めて、そうやってグレイハウンドのまま、ひとつの『大きな木』の彫刻を見上げていた。『大きな木』というときに人が想像するであろうかたちを、それは体現していた。白い石膏で、教会のマリア像のような質感で立っていた。
その足元にはとてもとても小さな、本物の『大きな木』が生えていた。完全なミニチュアだった。それは小指の第一関節から上くらいのおおきさしかないなと、僕は眼で測ったことを覚えている。人間の成人男性の激しい小指の動きと感覚を、このとき頭に思い浮かべたことをはっきり覚えている。しかし同時に、そこには鳥の鳴き声が聞こえ、花が咲き、葉も青々と風に揺らいでいた。
その小さな『大きな木』には、プレートがかけてあった。そこに名前のようなものが書いてあったのだろうが、読み取ることができなかった。三文字だったことと、それが漢字とひらがなのように、二つの種類の組み合わせで書かれていたということだけを覚えている。はっきりとしたことはわからない。



もうこの時には、僕を意識よりも状況が支配しようとしていたと思う。
その状況というのが、美術館にあるはずのない扉だった。こちら側の暗闇に、あちら側の暗闇から、かすかに濃い青インクのような明るみが漏れていた。扉の隙間から、音がした。ショパンのノクターンだとそのときは思った。だが今考えてみれば、例の映像の通底音だったに違いない。
僕はもはや、洞窟の底から陽の強い光を求めるなどという、大それたことは考えていなかった。また、待ち合わせの時間についても考えていなかった。ただゆっくりと二本の足で歩いていき、静かに扉を開けた。向こう側のさらに奥にある扉の奥で眠っている者たちに気づかれないように、あとは部屋に入っていくだけだった。

思うに去年の一二月の彼女のパーティーは、作られた楽しみの輪でしかなかった。全ての出来事は、好ましいことであれ、避けるべきものごとであれ、メンバーが集う原因となってしまう。彼女自身が企画したパーティーのようにみせかけられているが、それだけが本当ではなかった。結局こういうだけで十分だろう―僕たちはそこへ行ったのだ。彼女はそのときすでに死の直前におり、かすかな兆候であれ、それを感じていたに違いなかった。僕たちは寄ってたかって、彼女の家にあがりこみ、大声で満たし、ソファーにワインをこぼしたりしたのだ。僕たちの演目は楽しそうであっただけともいえず、本当に楽しくもあったが、いずれにせよ二人の人間の命は奪われてしまった。そして四肢の痛みや激しい疲労のなかで、こちら側からあちら側に送り出すすべてのエネルギーが、何か途方もない大きさのものを動かそうとしているという、事実にも似た確かな感覚が、僕を今支配しているのだ。
彼女の家に集まったことだけではない。メンバーの離脱とそれに伴う引き止めもそうだ。日常的な励ましや、カツ入れといった呼び出しもそうだ。北野での焼き肉も『会長』も、『おじさま』もそうだ。一方で失われ、一方で手に入る。世界中で今にも新生児が生まれてくる。それがなぜ彼女ではなかったのか。眼には見えない確かなエネルギーが、彼女と彼女の子供にやってきた。だが、死因の特定など、それ自体、不可解なものだとも思う。
それでも僕自身もそれに少なからずかかわっているという考えがそこにある。残された人々は皆、子供の乗っていないベビーカーを押しながら、暮らさなければならないだろう。あまりにも酷な光景だ。気の毒でもある。だがそれは僕自身の問題でもあるのだ。街では瞬く間に開発が進行し、家という家は家族構成に従い更新される。そこまで考えが及んだとき、『大きな木』の意味するところを受けとったような気がした。僕はいろいろな場所で、あくまで個人的に生きている。そこにはやはり枠組みがあり、鑑賞しつづけたとしても、次第に抜け殻になる。そしてある時、瞬間的に、グレイハウンドが現れる。家の前にはたいてい切り抜かれた「土残し」の部分が用意される。そして今回僕が見つけたのは、彼女の家の前に植えられるべきはずの、二本のシンボルツリーだったのだ。





2014.03.22(Sat) - 詩と作文 2014





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