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あるはずのない羽

1 羽の生えた少年

あるところに、男の子がいました。
ある日男の子は、自分の背中に羽が生えていることをみつけました。
夜、お風呂に入って、背中に手をまわしたとき、ふさふさと、その感触があったのでした。

2 ブランコに乗った、人間の少女

少年は外に出ました。
太陽は強く燃え、ひまわりがたくさん、道端に咲いていました。
人間の少女が、ブランコに乗っていました。
「ねぇ、ぼく、今日、背中に羽があるのをみつけたんだ。」
「え、羽?」
「うん、ほら。」
少女はブランコにのったまま、少年の背中をじっとみていました。
「ほんとうね。私、そういうの、お話のなかのことだけかと思っていたけれど。」
「天使?」
「そう。あなたの羽って、こういっては失礼かもしれないけれど、とても小さいわね。飛べるの?」
「ううん。飛べない。」
耳が動かせないみたいに、力をいれても、びくともしないのでした。
少年はしばらく、少女のきれいに編まれた髪をみつめていました。
ブランコはもう止まっていました。
砂場には、壊された砂山がそのままになっていました。
はじめて少年は、少女と話したのでした。

3 アメとムチを持った草原のような女

「こっちよ」
人間の少女に手をひかれて、少年は川原にやってきました。
そこにひとつの、大きな、長細い、真っ黒の壷がありました。
「こんにちは。」少女は言いました。「お仕事中申し訳ありませんが、少しお話しさせていただけませんか?」
「いやよ。あたしはいま、羊とヘビの数を数えるのに忙しいの。」
「ぼく、背中に羽がはえてしまったんです。」
少年が言うと、壷のなかから、左手に渦をまいたアメ、左手に赤い柄のついたムチをもった女が現れました。
顔をみるとお母さんくらいの年齢の気がしましたが、髪が異常に長くまるで草原のように生き生きとして、
そのなかにシマウマやらヌーやらの動物が住んでいてもおかしくないように思われました。

4 足ののびる羊

「おかしいわね。」
雨上がりの草原のようなさわやかな声は、女の見た目とは不一致でした。
舌を恥ずかしがりもせず出して、アメを思い切りなめました。
すると、緑色の髪のうえを、ちいさなちいさな豆粒ほどの大きさの、銀色の毛の生えた羊が走ってきました。
そして、壷の縁におりたちました。
「外に行く支度をするのよ。」
その声は、本当にやさしく響き、少年はうっとりとした気持ちになりました。
この人は羊の鼓膜の弱さを気遣っているんだ、と思いました。
羊がそれぞれ色の違う靴をはき終えて、目で合図をおくると、女はムチで自分の体をうちつけました。
すると、あたりは長い髪につつまれて、川原の風景は消えてしまいました。
そして、一面に草原が広がり、少年と人間の少女と、普通の大きさになった羊がいました。
「ぼくは足がながいんだゾ。」
羊が突然そういいました。
今度は、七色に光る足がぐんぐん空高くのびていって、羊の体は二人のはるか頭上にあるのでした。
それはまるで、空に雲が飛んでいるようでした。

5 しっぽに人間を巻くヘビ

「足が長くなると、なにかいいことがあるのかしら?」
少女がきくと、羊はこう答えました。「いいことってナニ?」
そう言って、足をすぐさましまってしまいました。
女の子の足が長ければいいけれど、羊の足が長くてもあまり嬉しくないな、と少年も思いました。
草原は風が吹くと、芝がさらさらと音をたてて、空にはうっすらと雲が、ゆっくりと流れていました。
まわりには建物はなにもなく、遠くに山がなだらかに見えるだけでした。
横になり、空だけを眺めていると、こころのなかに何もなくなり、背中の羽のことも忘れて目を閉じました。
「助けて!」
そのときでした。
ヘビがあらわれて、少女をしっぽに巻いてこちらをにらみつけていました。
「ぼくは足がながいんだゾ。」
羊がそういって足をのばすと、ヘビは目をまるくして少女を乱暴に振りまわしながら、遠くへ逃げていきました。

6 矢の先が丸まっている狩人

少年と足をもとに戻した羊は、声のするほうに向かって、少女とヘビを追いかけました。
すると、一軒の家のまえに、弓をつがえた狩人がいました。
あたりには、先が丸まっており何にもつきささらないであろう矢が、たくさん散らばっていました。
「ヘビを狙ったんだ。あいつらのしっぽは、捕まえたが最後、離さない。殺すしかないんだ。」
家のわきには、丸い円が重ねて描いてある的があって、そこに矢がいくつか突き刺さっていました。
少年は、落ちていた矢を拾い集めて、狩人に手渡しました。
「もう矢の先をとがらすことは、禁止されている。だから的にはしかたなく、接着液を塗っているんだ。」
狩人は背中をむけてこう続けました。
「でも、狙った獲物をつかまえられなかったら、この矢が飛ぶのはいったい何だっていうんだろう?」

7 眼の林のなかへ

声はある地点から大きくなっていきました。
どうやら確実に、少女がいる場所に近づいているようでした。
三人は眼のたくさんついた木が、一面に生えている林にたどりつきました。
奥に入るのは、いっそう危険に思われました。
なぜなら、木についた眼という眼が、いっせいに三人のほうを向いたからです。
まぶたも、しわもないので、表情というものが欠けており、なんとも不気味なのでした。
「もう帰ってこれねぇかもしれねぇな。」
狩人がいうと、三人は足が止まってしまったのでした。
しばらくすると、少女の声が聞こえなくなりました。
少年の不安はますます高まりました。
風と葉のそよぐ音のほかは、心臓の鼓動する音しか、聞こえませんでした。
三人は顔を見合わせ、覚悟を決めました。

8 眼を失って、鼻と口を持った木

林のなかは、太陽の光が薄くほとんど真っ暗で、下には一面に落ち葉が積もっていました。
それでも狩人が、ヘビの通り道をみつけ、三人はそれをたどりはじめました。
「どんなヘビだって、俺の眼はごまかせないさ」
坂があっては上り、下りを繰り返しました。
どうやら山のようなものはなく、なだらかな起伏が永遠に続いているようでした。
少年は、学校の授業で習った、「樹海」という言葉を思い出しました。
すると、声にくわえて、ガサガサと、何かが震える音がしました。
「羽!羽!羽!切ってしまって、あんな川原に捨てて!私の眼はどこへ?」
みると、大きな老木が下のほうからやってくるのでした。
「誰かが鼻と口と引き替えに、私の大事な眼を全部とってしまったんだ。こっちからたくさんの羽のにおいがするよ。」
そう鼻をひくつかせて、いいました。

9 木に還る少年

ヘビの通り道と、老木の進む方向はほとんど一緒でした。
そこには、ひとつの切り株があり、まわりに羽がついたたくさんの動物が集まっていました。
羽のついた象、羽のついたダチョウ、羽のついたオットセイもいました。
その脇で、少女を見つけました。
少女を巻いたヘビは小さく小さくなって、大きな大きなヘビに、しかられていました。
「こいつは違うではないか!!」
少年はふと、自分に羽が生えていることを思い出したのでした。
「ぼくです。羽が生えているのは。」
大きなヘビは、いや、その他の動物もみんな、少年のほうを向きました。
「自らやってくるとは・・おかしいな。まあいい、確かめるまでもなかろう。それでは、誰が木への帰還者になるべきか、投票しよう!!」
切り株のうえに、ボルトでしめられた鋼鉄製の箱がおかれ、そこに、少年以外の全員が票を入れました。
「人間の少年。六十九票!」
大きく、さらに大きくなったヘビが高らかに舌を出していいました。
「満場一致で、人間の少年を、木に還すものとする!!」

「そんなのおかしいわ。わたしたちは投票してないわ。」
少女がいいました。
「何票かあなたたちが入れたところで、結果は同じだ。」
大きなヘビが理性的な眼を向けていいました。
木に還るとはどういうことなのだか、なぜ投票するのか、そして、みんな自分に票を入れた理由、そもそもなぜ羽なんてついてしまったのか、自分もほかの動物も含めて、少年はさっぱりわかりませんでした。
「人間たちだ。すべて、木を切るのも。木に封じ込めるのも。わたしたちだって、こんなこと、本来はしないで、ひそやかに必要なことだけをやっていたいんだ。羽の抽出、羽の開発、羽の適応。羽は人間たちのあこがれであり、有能な道具だった。だが、それを全員がもつようになったらどのようなことになる?普通の世界は失われた。私たちヘビは、羽をもつことをしなかった唯一の種族だった。そして人間たちは、わたしたちに、羽の封印のいっさいを委託したんだ。そうしてつくられたのが、この眼のついた木さ。」
老木が遠くで鼻をすすっている音が聞こえました。
どうやら、人間たちのおかした罪を、人間たちが報いるのは当たり前だ、ということのようでした。
少年は、母や父、姉のことを思いました。
たしかに家を出るとき、何かひとこといってくるべきではあったのでした。
しかし、同時に、ヘビのいうことが本当なら、自分が解決するのは当然だ、という気もするのでした。
「それでも、こうやって木を切る輩がいる。だから、あるはずのない羽が、やたらめったらと、昔のように体にとりつくんだ。全くもって制御不能になるのだ。」

少年は切り株のうえに立ちました。
みんなそれを黙ってみておりました。
すると、頭のうえから、小さなきしむ音をたてて、枝が生えてきました。
足にはいていた靴も、次第に切り株と同化していきました。
だんだんと動物たちの体から、羽が消えていきました。
そして、ゆっくりと歩いて、どこかへいってしまいました。
後には、まわりの林と区別がなくなってしまった一本の木と、人間の少女、足ののびる羊だけがのこっていました。
鼻と口をもった木は、ヘビたちが背中にしょって、どこかへもっていってしまいました。
狩人もいつのまにかいなくなっていました。
少年の還った木についた眼は、そっとまばたきを始め、少女のいたるところをみていました。

少女は気持ち悪くなりました。
「ぼくは足がのびるんだゾ」
少女が羊にまたがると、足は高く高くのびて、空と雲のなかに入りました。
気がつくと、川原の壷のまえに、少女は立っていました。
くらくらと目眩がしましたが、太陽が次第に体ををあたためて、生気が戻ってくるのを感じました。
少年はもういませんでした。
「狩人はちゃんと家にかえったかしら。」
少女がはじめに思ったことといえばそのことでしたし、壷のなかに首を入れてみても、なかに光はありませんでした。
矢も、的も、長くのびる足も、自分をつかまえたしっぽも、そして羽も、そこにあったはずなのでした。
また少女は、ひとり、木にぶらさげられたブランコのところまで、戻りました。
砂山は、誰かによって、なめらかに整えられていました。

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2013.01.24(Thu) - 詩と作文 2013





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