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暴風

そのころあまり心臓の調子のよくなかった俺は、街で珍しく雪が降った日も、飛行機雲がまっすぐ空に線を引いた日も、空高くトビが何にも考えずにゆらゆら舞っていた日も、自宅から一歩も出ずに待機していた。

ある日、いつも不機嫌なジンからメールで、「一杯やらないか?」と連絡が来た。難癖ばかりつけてまわりに人が寄りつかないあいつのそばには、いつも俺がいるばかりだった。

その日は本当に風が強い日で、窓のサッシが樹脂製の枠に当たって落ち着かない音をたてていたし、死亡事故のニュースも流れていた。外に出ると吹き荒れた風が、坂を上下する人々の使い捨て傘を折って、みんな花壇の脇につみあげてしまっていた。そして俺のヒザから下に、雨粒をたたきつけた。

傘を半開きにして走っては、どこかのビルの下に雨宿りすることを繰り返した。俺は山岳部に所属していた高校のころに歩いた、東北のほうの連峰の、高い尾根を思い出していた。黒い岩肌と葉のない白い幹の木々の生えた斜面で耐風姿勢をとり、一時間くらい一歩も動くことができなかった。その山行は散々たるものだった。吹雪のなかをさまよい歩いたあげく、一日たって元の地点から100m手前に戻ってしまったこともあった。最終日にはようやく晴れたが、幸運にも俺たちの前に誰かの足跡がついてなかったら、下の世界に降りるためのロープーウェイの発車時間に、間に合わなかっただろう。

横なぐりの雨のような性格のジンは、そのときから俺たちのリーダーだった。いつも連れまわされている俺。「今日は自宅待機のこと」と会社からでさえ丁寧なメールが来た。なんだってこんな日に、わざわざ駅前まで呼び出したりするんだろう。

駅前で話し場にしていたスペイン風バルに駆け込んだときには、ズボンのヒザから下はぐちゃぐちゃに塗れて重たくなっていた。ジンはまだ来ていなかった。入り口近くにいた女に、「ハイネケンを一本。」そう言った刹那、表で大きな悲鳴がした。見るとカーブを切った軽トラックが横転して、交差点のまん中に、ケースから飛び出したビール瓶が粉々に砕け散っていた。

携帯をみると、「いま駅についた!」と横なぐりのジンからメールが入っていた。俺はバルにいた人たちと同じように、もう一度、交差点のほうをよく見た。茶色いガラスのかけらが風で舞いちり、バラバラとどこかに当たる音がした。バルのなかは、雪にうまり、空っぽになった山小屋のなかのように静まり返っていた。ひっくり返った車から少し離れた場所に、小さな人だかりができていた。それでも車通りはとどころうとせず、障害物をぬって新しい流れを作り出していた。そのうち、救急車と消防車が何台もやってくるまで、俺は横断歩道の信号機と巨大な電光ディスプレイと有線放送が奏でる、複雑な音楽を聞いていた。

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2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


天使

八月、ちょうどお盆のはじまりの、よく晴れた月曜日だった。
気温は三二度はあった。時間は二時半から三時ころのことだった。僕は山ノ手線で、表参道まで来ていた。そして何も気にせず歩きながら、昼食を食べる場所を探していた。

しなければならないことは、おそらくあったが、自分に嘘をついたか、忘れたふりをしていた。何しろ太陽が気持ちよく照っていて、日光を浴びることが、僕にとっての最優先事項だった。仕事で、一日中、事務所のなかでパソコンに向かっていたから、そうしているだけで、幸せだった。欅並木とビルディングに囲まれて、肌をさらした女の子がたくさん、歩くか、何かを求めて行列を作るかしていた。その他の男たちは、彼女たちをみるか、彼女たちと歩くか、彼女たちなしで体をもてあましていた。

一人でも気楽に入れそうな店を、みつけだして入った。いまでは有名な「Epitaph」だ。

一人で、喫煙者であることを告げると、通りに面したカウンター席に通された。店の中は、床も壁も天井も黒く塗られていた。カウンターからは、目の前の道が、大きなはめ殺しのサッシからよく見えた。ランチ・メニューには、ボロネーゼやラザニアやハンバーガーなんかがのっていた。僕はステーキ・ハンバーグのセットを注文した。

日光はますます強く目の前の道を満たしていた。まるで、生まれたての天使が歩いてくるように、女の子が見えた。時々あらわれる男は、ほとんど鬼のように見えた。どの歩いてくる女の子も、ほぼ確実に、綺麗だった。丈の短いものが流行で、足は白く輝き、二人に一人はコーヒースプーンの柄のように、細い肉体を優雅にひねっていた。背が高いのに、さらに高いヒールをはいたキリンのような子もいた。さらに、はす向かいのオーガニック・ストアにいる店員の子も、とてもかわいかった。

僕は色々なことをすっかり忘れて、そういった光景をみていた。タバコなんて、吸いたくもならなかった。セットのペプシコーラ(前の日に飲み過ぎたから、ビールは自制した)とビシソワーズを飲みながら。特になんということはないが、割と最高の、合格点は軽く越えた、夏休みの一日だった。

店内は、というと、アメリカンな雰囲気だった。壁にはエルビス・プレスリーやバットマンのポスターが貼ってあった。店員はウェンディーズバーガーのマークのなかの、にきびのついた女の子のような格好をしていた。

困ったことに、店内にも、気になる女の子をみつけてしまった。後ろ姿しか見えなかったから、確かなことはわからなかったが、髪はショート・ボブで、流行のターコイズ・ブルーの服を羽織っていた。彼女の頭の上では、"Everyone, its always Epitaph!!"という形に曲げられた蛍光管が、赤く光っていた。彼女は、僕とは別のもう一つのカウンターに一人で座っていて、スマート・フォンの画面を指で撫でていた。

僕は彼女の顔をみたくなった。それで、カウンターの奥、彼女の横にある薄型テレビを見るふりをして、道をみるのと交互に、彼女を何回か見た。だが、背中しか見えなかった。

そうしているうちに、ステーキ・ハンバーグが運ばれてきた。僕はまた、大きな窓を通して天使たちを見ながら、チリビーンズとチーズののせられたハンバーグ、フライドポテト、煮込まれた野菜、パセリのふられたライスを食べた。それらは味が濃く、また最高においしかった。例えば、ビールに関していえば、飲みたいとさえ思わなかった。それくらいに。

50パーセントの確率で綺麗な子が通れば、相当確率は高いといわねばならないだろう。ましてや、向かいの古い木造民家を改修したオーガニック・ストアのまた線の細い女の子が、ふらふらと、常に姿をあらわしたり消したりして、商品を整理している。少し道から高い位置にあり、さらにこちらがハイ・カウンターになっているため、目線があわない。この店の、この席の立地、角度も、いいのだ。凝視していても、誰もこの視線関係に気づかない。様々な服、ソックス、帽子を組み合わせて身につけた、それぞれに唯一無二な天使たち。

僕は食べ終えるとショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの女の子のほうをみた。僕の席の後ろでは、僕とその子を隔てる位置で、五人組の女の子が、忙しくおしゃべりをしていた。その中にも一人綺麗な子がいたが、五人組には、正直早くどいてほしかった。背中を向けた彼女の全体像がよく見えないのだ。そうしたら、この場所が、ますます最高の場所になるのに。
自分勝手だとは思うけれど。

それはそうと、自分で出来ることをまずやることにした。それはどんなときでも大切なことではないか。僕はジンジャー・エールを追加注文し、席を立った。トイレに行く途中に、彼女の顔を、全体像を見るのだ。行きは、様子をみた。用をたした帰りに横を通り過ぎた。彼女は、とても短い、ショート・パンツを身につけていた。

そして、その足の、付け根から先まで、僕のみた位置からは余すところなく、入れ墨が施されていた。

僕は驚いた。平静をよそおって自分の席に戻った。ジンジャ・エールはまだ運ばれてきていなかった。皿も片づけられていなかった。窓の外をみながら、ラッキー・ストライクに火をつけた。

彼女の背中をを改めてみた。詳しいことはよくわからないけれど、僕が一五歳くらいだった頃、話題になったことがあった。彼らの特徴はただ一つ、両足に入れ墨があることだけだった。しかも、足の全体に施されていなければならない。付け根から、足先まで。もちろん、見せかけではいけない。渋谷の奇怪な若者ファッション。小説にかかれて、賞をとって有名になった。映画化もされた。彼らは両足の入れ墨を、互いの体を拘束しながら、互いに彫り合う。

緑色と赤色の湾曲した文様が描かれた両足を持つ、ショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの服を羽織った女の子。小説をよんだことがあった。架空のものではないリアルな感覚が勝負どころの作品だった。でも、実際に見てみると、驚いた。

早く後ろの五人組が帰らないかと思った。窓の外の風景をみても、ピントがうまく合わなかった。吸い殻は三本になった。ようやく五人組が帰ると、彼女の後ろ姿の全体像が見えた。下半身は女性らしくくびれていて、頭は小さかった。いざ、隔てるものがなくなると、恐怖感におそわれた。

前の通りには、日光が変わらず充満していた。二つ折りの会社支給の携帯電話を開いて時刻を見ると、店に一時間ほどはいたようだった。私はレジまで行った。レジの横から入れ墨の女の子のほうをみた。

彼女が振り向いたのはそのときだった。背骨にに冷たい気体が走った。驚きで、すぐに顔をそらした。彼女の顔は、小学6年生のようにあどけなかった。道を歩くどの顔とも違っていた。なんと表現すべきなのか、とても難しい。たとえていうならば、横を向いたマネキンのようだった。そして、映画のなかで、ハンターに銃を向けられて、振り向いたカモシカのようだった。

道にでると、気持ちのいい熱気が体を包んだ。目の裏には、強い恐怖を感じた。しばらく、とらえどころのない気持ちで、通りをふらふらと歩いた。幽霊がいたら、そうさまようように。即物的な引力に引かれて、目的など全くもたずに。先ほど窓からみた女の子の何人かに会ったが、今では通りにいる女の子はみんな女の子で、入れ墨の女が、天使か悪魔のどちらかに思えた。だが当然、道には、形の善し悪しはどうであれ、綺麗な白い透き通る足をもった女の子しか、いなかった。まだ足なんて、たくさんあるのだ。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


切っ先


いま地震が起こって、突然、
自分の人生が終末を迎えたとして、
その瞬間に自分が、今、死んでもいい、と思えるのか、
あるいは、死にたくない、と恐怖を思うのか。

例えば、地下のカフェにいて、頭上のビルが基礎・構造もろとも壊れて、
結局、天井から自分の体重の千倍、万倍の重量の建材が降ってきた、
というときにどう思うのか・・・。
その死は避けることができないのだ。
突然、向こう側から、一瞬にしてやってくるのだ。
すべてが「零」に、帰っていくときがくるのだ。
積み上げてきた努力も、
払い続けてきたローンも、
書き続けてきた日記も、なにもかも、
残るであろうものだって、残るかどうかはわからないのだ。
地震から守られたものがあったとしても、それからの未来に口を出すこともできないのだ。
他人の手にゆだねるしかないのだ。



ぎゅうぎゅうの満員電車の先頭車両のなかで、
運転席のある空間と、我々のいる空間を隔てる一枚の鉄製か、アルミ製の壁面に、
体を強い力で押しつけられながら帰る。

列車の乗車率は一〇〇%をゆうに越え、一五〇、二〇〇%に近いはずだ。
過剰な量の溢れかえりのなかで、先頭、切っ先を与えられながら、
一枚の壁の向こうは、操縦席であり、ガラスの窓から先が見通せるにもかかわらず、
乗客という無権利者として、命を見えない何かにあずける。
例えば、今、同じレールのうえを、
対向するかたちで列車が走ってきたとして、
正面衝突を起こしたとしたら、
僕は死ぬのだろうが、
その防ぐことのできない死を、気持ちよく迎えることができるのか。
それとも急ブレーキがかかった瞬間に、恐怖とうらみを抱くのか。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


自由

私は投げ込まれ、
その大きな円のなかを自由を奪われて泳ぐ。
現実で欲しかったあれほどまでの自由を、ひとにぎりも手に入れることができずに。

まわりには隣人たちがとり囲み、
「かわいそうに」「かわいそうに」と口々に声をかける。

私はますます強く泳ぐ。
だが水流は比例するかのように、その渦巻く力を強めるばかりだ。

「かわいそうに」という声はますます強くなる。
どうしてみな私を哀れむのだろう。
水流も、筋肉の振動も、声も、疑念も、増し続ける。

滝も、
ダムも、
カヌーも、
飛行機も、
ビルディングも、
なにもない。

救いはなく、ただ増し続ける。もともとあったものごとだけが。
どうしてみな私に「かわいそうに」と言うのか、
結局わからないまま、
自由を奪われた私の筋力は次第におとろえ、

体も、
意識も、
声も、
水も、
頭蓋骨も、
すべてがひとまとまりに絞られて、
渦のなかに突入していく。

「かわいそうに」「かわいそうに」「かわいそうに」
彼らはなにも、教えてはくれない。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


思い出

夢・目標・一生の仕事
そういった達成出来るか不明の概念に片道切符を持ち突き進むことが
人生だとはもう思えない

舟が出発したときは確かにあった満月は
すぐ地球の裏側に姿を消して
今度は背面から太陽の光がもの凄い速さであらわれた

それでも僕らは
「適当な手段を用いて自らの目的を追求」しなければ人たりえず、
その「手段を誤れば」たちまち「代償を支払わされる」

どの孤島であっても「何か職務について」いれば
「それがどんなにつまらない仕事であっても、大きな物質的利益が得られ」るのだ

囚人は星座を一人目指したが
もはや太陽と青空と一面の海原が広がり
周囲には名も知れぬ島々が二三個見えるのみだ

僕は思い出す、「その通り」にしていた頃を
「というのも」僕たちは「もうおしまいで」
「世界の果てにおり、なすべきことはただ一つ、従うことなのを感じていたからだ」

最低限の人間の尊厳を
最低限の生きていくことに必要な知識を
渇望して手に入れられるかもわからず
死にたいと発狂した一人の男が
いま意気揚々と夜空に向かって出航し
昼光の最中、自由に目をくらますとは
恥ずべきことだ

知ったことをいうね、とトビが嘆く
孤島で羽を休め、卵をうみ、地球を半周する生息
風を読み、海原を滑空し、魚を捕り、木に降り立つ技術
足は細く丈夫で、翼は彼らに与えられた報酬だ
それにトビは群れで行動する

この海原より、あの星座より
名もなき孤島や、恐ろしい監獄のほうが
もし人生が思い出作りにすぎないならば
最適地にふさわしいということになるのだろう

著者注
※「」内は引用 プリーモ・レーヴィ(竹山 博英 訳)『アウシュビッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察 』(朝日選書)


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


最後の自由な水曜日

僕と先輩は球場に行った。6月初めの水曜日だった。僕は婚約者と、次の日曜日に結婚式をあげる予定だった。
久々の観戦だった。4〜5年は少なくとも、この球場にきていなかった。でも何も変わっていないようにみえた。変わったのはおそらく、大きな広告の内容と、遠くのほうにそびえたつ超高層ビルが、数本ふえたぐらいだ。

サイレンが鳴る前に、スターティングメンバーが紹介された。自分の球団のうち、2〜3人の選手の名前しかわからなかった。

それから、Mの2000本案打の達成セレモニーがあった。達成したのはもう1〜2週間前のことだった。
偉大なN前監督の、祝福を伝えるビデオが放映された。それから驚いたことに、N前監督その本人があらわれた。バッターボックス近くまで歩いていき、花束をMに手渡した。我々は座ったまま、メガホンを気持ち程度たたいて祝福した。イントネーションがおかしな外国人だけが、「オメデトウ!」と叫んでいた。空には紫とオレンジが差しあい、雲が乱れていた。鳥も飛行機も風船も球筋もなかった。相手チームに移籍した後、同じく2000本案打を先日達成したIにも花束が手渡された。三人はバックスクリーン側を向いて並んだ。それを撮影するカメラマンは、不思議なほど行儀よく三列に並び、五〇人ほどいた。フラッシュが小さな水盤に反射する光のように舞いちった。
この古ぼけた球場に、それほど多くの記者がいたのだ。

試合開始のサイレンが鳴ったあとは低調だった。我々のチームは9連敗中だった。毎回打ったものの、2塁までしかランナーを進められなかった。5回が終わるまでに7本のヒットが出たが、得点は無かった。先発ピッチャーはどちらもよく投げていた。だが、おそらくこちらのピッチャーのほうが、ほんの少しよかった。球速は140km/h前半がMAXだったが、ストライクは先行していた。

しだいに雲行きがあやしくなり、小雨がすこしづつ強まってきた。我々のチームは何点か相手チームに献上した。それでもMがその日3本目のヒットを打ったとき、いまだに1点もとれていなかったが、我々は再び盛り上がった。代走で聞いたことのない名前の選手が出た。きっとスピードのある選手に違いなかった。我々はベンチに戻るMに惜しみない声援を送ったり、メガホンを叩きまくったりした。
スコアボードは寂しかったし、ホームだというのに相手チームのほうが観客が多かった。相手チームの応援はトランペットが鳴り響き、声援の息はぴったりだった。我々はいつもどおり、バラバラだった。

空はすでに濃い紺色に染まっていた。巨人の腕のようなライトから放たれた強い光が、芝と選手と我々を照らしていた。そのまん中で、相手チームはピッチャーのまわりに集まり、長い円陣を組んだ。我々はそれをじっと見守っていた。

次の打者も名前を知らない選手だった。何球かねばった後、彼は左方向に強い打球を放った。我々はこの試合で初めて立ち上がった。代走のランナーが三塁に到達したとき、レフトはすでに補球して球を投げようとしていた。コーチ(かつて一番を打っていたKだ)がこれでもかというくらい大きく、速く、腕を振り回していた。本塁にランナーが向かってくるあいだに、レフトからバックホームのお手本のような球が返ってきた。捕球したキャッチャーに、代走のランナーはまっすぐ突進していった。僕たちはかすかに口をあけて、審判を凝視した。

内野の守備陣が軽快に戻りながら、ピッチャーとハイタッチした。我々は静かに固いシートに座りなおした。我々の7回はこうして終わった。

9回裏、最後のバッターもあっけなく倒れた。ヘッドスライディングもなく一塁を走り抜けたあと、すぐにサイレンが鳴った。我々は空いた紙コップやら枝豆やらのくずをまとめて、あらためてグラウンドをみた。すでに我々のチームの監督はダグアウトを歩き、周囲にはカメラマンたちが無秩序に群がっていた。大勢のファンに混じって階段をのぼり、球場を出るまで、先輩も僕も一言も口にしなかった。酔っぱらった何人かを除いて、一塁側付近の我々の誰も、声をあらげたりしなかった。イントネーションのおかしな外国人も、もういなかった。

球場を出るとあたりは暗く、夜風が顔にあたって心地よかった。ひとつは仙台へ行き、東京には我々のチームともうひとつのチームしかなくなったのだ。僕は、その2つ残ったうちの1つを選ぶことの、その難しさについて考えはじめていた。

僕は何かを言わねばと思った。しかたないですね-たしか、そういったことを口にした気がする。先輩は前を向いて歩きながら、しばらく沈黙していた。まわりは駅に向かう人だかりでいっぱいだった。水曜日にこれだけの人々が、我々のチームを応援していた。そもそもの人数が多いのだ。

なのに二つしかない。

突然、「楽しかったね、また来よう。」と、先輩が妙に明るいいつもの声でいった。「次はきっと勝つさ。」
あるいは僕の独身の最後の水曜日は、また違ったかたちだったかもしれない。勝利で飾れたのかもしれない。でも、それはすでに、選ばれてしまったのだ。

僕はMの3本のヒットを思い浮かべようとしたが、うまくいかなかった。僕は親父がこの球団のファンだったことを憎むことはできない。それは極めて自然なかたちで、僕という人間のなかにとりこまれた所属先だったのだ。けれど、それでも僕たちにだって、2つのチームから1つを選ぶ権利はある。そう球場に来た子供たちに、父親か母親につれられてきた子供達に、伝えたかった。手遅れになってしまわないうちに、選んでおくべきこともあるのだと。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


黒い動物達

中心駅S付近の喫茶店
私の隣のイスの下に黒い鳥があらわれる。
じっとして、部屋の一点をみつめている。
そのイスに座っていた女の腰が上がり、
掛けていたストールとオーバーオールをとりあげて出ていく。
鳥も一緒に飛び立ち、後には不整形な残り香が残る。

夕方の4時、店内は多くの男女でにぎわっている。
すぐに再び、一組の男女が席につく。
イスの下に、今度はみたことのない、形容できない生き物があらわれる。
小さな耳が2つ、四角い顔についている。
真っ黒なカバだって、奇憚多き東京ならいてもおかしくない。

イスには髪を金色に染め、アイシャドーとつけまつげで目が黒く縁取られた女が、
足を組んで座りながら、煙をふいている。
彼らは20分ほどの間に、私が読書に熱中している隙に、席をたっている。
当然ながら、もう、動物は、姿をけしている。

私は一人で席を立ち、街へ戻る。
できれば黒い動物達と同じようにして、行方をくらましてしまいたい。
外は、五時前だというのに、闇が迫っている。
カフェでは、じっと、
孤独なものどもが、沿い歩く主人達を待っているのが、その息づかいすらも感じられる。
光輝くスポットライトや、ダウンライトに照らされて、
パルメザンチーズやトマトソースの臭いに、鼻をくんくんさせながら、
彼らはじっと、たたずんでいる。

その彼らと私と、なにが違うというのだ。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


群れる

どうして そんな ふうに
ひとりで 歩いて いるの

向こうからは 連れ立ってやってくる 家族
頭上にはトビが集まり 空をゆらがす
夏風と波音が 混じりあう なかで
足元でさえカニは二匹 水溜まりが干上がるのを待っている

ごつごつと 白い岩が うねる
足裏の 痛みが 増す
岩の裂け目を 眺めて 躊躇する
トビがさらに低く 鳴かずに滑空して舞い降りる

わからない けれど
いつまでも こうしていたいわけでは ない
こうして 海に身をまかせて 耳もまかせて
全身で この生の恐怖を浴びているが
背後から差す陽光と 頭上の数十匹のトビの旋回
そんななかでは そう長く もちはしまい
いまここで あのクチバシで八つ裂きにされても 何ら不思議じゃない

かつては軽々と飛べた岩間も いまではこわい
君や誰それや 足並みを揃えて 生きるようになったからか
言い訳も肉体の衰えも この跳躍で消し去りたい

着地して 伸びたアキレス腱が機能を果たす
背後でウミムシの群れが もといた場所にそぞり帰る音が聞こえる



2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


確かにあった

ウィキペディアに映った自分の履歴
卒業アルバムと結婚写真に載っている妻の笑顔
元カノにもらった服
どれも月よりも遠いように思われる。
全く現実感がない。

でも確かにあった

誰からいただいたのか
誰にもらわれたのか

小学校の通学路に落ちた石榴をほうばる
誰も蹴っていない、アスファルトの堅さにも耐えた割れ目のない果実の強さを・・・
「それ、私があげたんだよ」

子供の頃住んだ自宅の前の坂道の勾配
マンションが消えてまたマンションが建つ、崖上の扁平地
建材がきれいになくなり、海に集められた悲しみを・・・
「それ、俺がやったんだぞ」

スペインで訪れた村や街
水の出るシャワー、一〇〇円ショップのワイヤーに下げた自分の下着
他人の金、異国の料理
外にはクチバシに袋を下げていないコウノトリ・・・・・
「そんなものもなにもかも全部、全部、あの人からいただいたんです。」

確かにあった

誰にもらわれたのか
誰からいただいたのか

スピーカーからはつくりものの音楽しか流れない。
本や雑誌にもない。

でも確かにあった。
そういうことを、できるだけはっきりさせておきたい。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


海のない生活


黒いコーヒー、白いタバコ
焦げ茶の長細いカウンター
渦巻く葉の模様の入った摺ガラスで、他から仕切られた部屋

燃えてゆくDUNHILL
灰になって黒と白の混成物
銀色のUFOをひっくり返したような灰皿に、無数についたカスリ傷

コーヒーの中に入った白いストロー
乱反射をおこす細かな氷の集まり
南極の氷山の間に、採取装置をとりつけて、空のうえから汲み上げる。

ガラスのコップのなかの、黒い水面が下がる。
でも、本物の海の青い面は、いつもそのままだ。
白い街に面した海も、
国際フェリーが浮かんだ海も
釜山の海も、茅ヶ崎の海も、高知の海も、おそらく他の海も、きっと。

今日も波がやってきては返し、
太陽がどのような顔をしているか。
星が、月が、みえているのか。
わからないが、水が砕けたり、さすったり、舐めあったり、戯れながら、寝転がったり、じゃれあったり、
そうしている、そのときに

携帯電話が振動する。
今日も夜にどこかで誰かと話す予定を組み込むために。
言葉でじゃれあって、舐めて、さすって、もみ合って、またささやくために。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


さくら

さくらが咲いた。
4月に入ってやっと。
川の両岸に咲き乱れた。
橋から見ると、川のうえの虚空にせり出していた。
ついこのあいだまで枝の間から、周りを透き通していたのに。

太い幹から、だんだん細い枝がつながって、最後に花がついていた。
ところで、ある枝は、
太い最初の幹から、突然つま楊枝くらいの細さで、飛び出していた。
そこに花をつけていた。
数えてみると一三束あった。
それを見つけたとき、
風が吹いて、
私の整髪料のついた髪をばらばらに乱した。
しかし、その枝は小刻みに震え、花束もゆれただけだった。
びくともしなかった、といえるくらいだった。

ある朝、駅まで川の脇道を歩いていった。仕事場に向かうために。
突然、初日に、全力で咲き尽くしてしまったためか、
一週間もたたずに、花より葉が目立つようになってしまった。
どの木かわざわざ見つけようとはしないが、
私には、あの枝がまだ幹にしっかりとついている気がした。

私が急いで目的地に走ったり、
文字を書き付けたりしている間も、
平然と風に葉を揺らしている気が。
海岸に波が、
静かに打ち寄せては、
返すように。

列車には、たくさんのサラリーマンが乗っていた。
私は、なるべく中吊りの広告が目に入らないよう、
角を丸く加工された、窓ガラスの前に立った。
窓のむこうのビルや線路脇にも、たくさんの広告があった。
私の住んでいるまちには、文字が常に溢れていた。
差すように朝日が照らし、影を無数に作っていた。

列車はゆっくりと動き出し、
川の上にかかった鉄橋を通過した。
さくらが、川のカーブを描いていた。
なにもかもが生まれでて、死んでいくのだった。
「一連の流れのなかに、あの一三束の花びらもあるのだ」
と思った。

そのとき、なぜか、
皿の端についている小さな虫を、
指で押し潰して殺してしまう、
そんな自分の姿が思い浮かんだ。

「あの枝は私には折れないだろう。」
そんな偽善的な言葉が、私の唇からあやうく漏れでようとした。
コンピューター制御された列車のモーターが、やさしい加速音をなびかせていた。
そんな刹那にも、さくらは川に散っていた。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


クローバーの誕生

カレー屋がつぶれて、作業着を着た男が工事をしていた。
週に一度は通る、大きな書店の入ったビルの地下階だった。
駅へつながる地下通路から、地上へと抜ける道の両脇に店がならぶ。
古参の書店の一階を思えば、人通りは少なくない。

僕は、この界隈の大衆的な店なら、大抵のところはトライしたことがある。
つぶれたのは、名前も思い出せない、一度も入ったことのない店だった。
人が入っているところは、ほとんど見たことがない。
この地下道には、スープカレーのちょっとした名店の「モン・サン」が入っていて、こちらは常連だった。
味はしょっぱかったが、いつも人がいて、コーンサラダが頼めば無料で付いてきた。
ほかにもパスタ屋が二件、うどん屋、トンカツ屋、居酒屋があった。
ファーストキッチンもあった。
それぞれにお客がいた。このカレー屋にだけにはなかった。
ステンレスのカウンターの光が、いつも通路に反射して目に入った。
まるで古い中華食堂のようだったのが、いけなかったのかもしれない。

次に通りかかると、「クローバー」という名の新しいカレー屋ができていた。
何人か人が入っていた。
カウンターの形は前あった店と同じだったが、木製で暖かみがあった。
店の内装は白く明るかった。
躊躇したが、北海道にのりこんだ開拓者の気持ちで、店に入った。

カウンターのなかの男と女は、どちらも二〇才前半〜半ばにみえる。
どちらの顔の肌も、白く、みずみずしい。
女の手にはすり傷のひとつも見あたらない。
男の髪は短く、きれいに刈られている。

メニューは数えるほどしかない。
「野菜の色とりどりのカレー」「ひな豆のキーマカレー」・・・
私は「たまねぎのカレー」の鶏肉入りを頼む。
一番やすかったから、という理由だけで。
エビ入りもあったが、たいてい私は肉が食べたいのだ。

「先のお支払いとなります。」
私は千円札をカウンターに置く。
「千円お預かりいたします。」と女が言う。
その手はカウンターに近づき、また離れていく。
私は軽くうなずく。空になったグラスに、自分で水を注ぐ。
男があらわれて言う。「・・・円のお返しになります。」
彼の手の上には、レシートと硬貨数枚が置かれている。
小さな円形のスツールのうえで身をよじりながら、僕は小さなポケットにそれらをしまう。
彼の手も白く、傷ひとつない。毛も目立たない。二人とも、料理人とはとても思えない。

私は店の細長いカウンターの一番端に座っている。
目の前で女は表情を変えず、口を閉じ、しっかりとしたまなざしで、カレーを作っている。
あわてることなく、三つの鍋を操っている。

小瓶に入った赤い香辛料、
透明のタッパーに入ったエビ、
別のタッパーに入った野菜の盛り合わせ
透明の液体
カレー色の別の液体・・・

様々な物や液体が、一定のスピードで絶え間なく、しかし確実に、
五分前に生まれ出てきたような、焼形されたての衛生陶器のような女の手によって、
鍋のなかに順次、投入されていった。
ときどき女と男は会話していたが、それらは丁寧語だった。そしてとても静かで落ち着いていた。
彼らはお互いの距離を縮めることも離すこともなく、ただ内容を伝達しあっているかのようだった。
あくまでカレー作成のための機能的な作業、とでもいうように。

私の前にカレーが運ばれてきて、私は逃げるように急いでそれを平らげた。
なにから逃げているのかははっきりしなかった。別に居心地が悪いわけではなかった。
壁に取り付けられた給湯器が、小刻みに振動していた。
目の前では男がカレーを作っていた。女は背中をこちらに向けて食器を洗っていた。
交代制なのだろうか。

男の目つきに目立った感情は見あたらなかった。
店内にある、照明も、食器も、調味料を入れる瓶も、なにもかも新品なのに、古ぼけて自信なさげに見えた。
男と女だけが、自信に満ちあふれ、店内を支配していた。
僕は圧倒された気持ちで、味を吟味する余裕もなく、席をたった。


2012.12.23(Sun) - 詩と作文 2012


お医者さんのドラマ

女は夫婦の寝室で、iphoneでドラマを見ている。
男は自分の部屋で、アメリカの短編アンソロジーを読んでいる。

男は女の横に寝そべる。
「どうしてそんなものを見るの?こっちのほうがはるかにおもしろいのに。」
そう言いたいが、決して言わない。

代わりに、「何をみているの?」と聞く。
聞くまでもない。見ればわかることだ。

「お医者さんのドラマよ。」
それからこう続ける。「私、お医者さんのドラマなら何でも好き。」

夫は自分の部屋へ戻る。
じりじり、じりじりと、体のなかで電気がくすぶる。
もともと読んでいたストーリーに戻る。

彼が優れた短編を読み切ったとき、
突然、寒い中に一人歩き出て、不意に背骨が空洞になって、そこに冷気が通り抜けるように、
体の中でじりじりと、電気が渦巻いて、離れない。

それが優れた短編を通過したときの「しるし」なのだ、と、彼は思う。
そこへ「お医者さんのドラマ」を見終わった直後の妻が、フローリングを軋ませながら入ってくる。
電気は空気中に逃げ去り、蒸した熱気と体臭が、空洞に戻ってくる。


2012.12.22(Sat) - 詩と作文 2012





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