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0424-0429

スタジオ課題を進める。同時にブックレットのことについて考え始める。
24、25は少し気を抜きぎみに自由にスタディー。
案の練り直しもふくめ、スケッチを続ける。

「隠し剣 鬼の爪」を見る。山田洋二監督。舞台設定はステレオタイプで、登場人物の性格も誰もが古きよき日本を想像するようなもの。しかし映画に登場すべきあらゆるシーンが次から次へと表され、娯楽としての完成度の高さに舌を巻く。翻して我々のものはあまりのコンセプチュアル具合、と下を向く。業界で若いころから生きていこうとすると、どうしても前衛的にならざるを得ないのだろうか。それにしても松たか子が異常にかわいい。

26、27はスタディー模型を制作しながら検討。
立面の感じの検討、山の上からの俯瞰の検討、庭の中の空間の検討など。
28日、夕方ブックレットのレイアウトが気になったので試行
意外とスペースが狭く、簡単に片付きそうにみえたので、少々肩透かしを食らった気分でお酒に手をだしてしまう。
29日はブックレット作りに専念。
先学期分のレイアウトを終了する。
残す作業がはっきりしたので、また少し気が楽になる。
5月初旬は提出前のような緊張感のなかで作業が進むだろう。
その中でも自由な時間はとって生きたいと思う。

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2009.04.30(Thu) - リスボン日記


村上春樹 「アメリカで『象の消滅』が出版された頃」から思った事

これは村上氏がアメリカで編集され出版された自分の短編集を、日本で発行する際(題名は『象の消滅』)に、その序文として付け加えたもので、アメリカでの出版活動の回顧録となっている。淡々とした文章に、様々な人との出会いや日米の出版業界の違いなどがまとめられている。
「ニューヨーカー」という雑誌に対する憧れ、そこに自分の作品が掲載されたときの感動、本の売れ行きがよくなかったという「冬の時代」など、自分の感情や原動力について書かれている。
それと同時に、出版活動の中で出会った出版会社の社長や編集者、翻訳者の描写にとても沢山の紙面がさかれている。本の末尾に、作者がよく出版の際にお世話になった人々に「感謝の辞」のようなものを書くことがある。しかし本書で氏はそれより一歩踏み込んだ描写を行っている。具体的な出会い模様やその人の性格を、くわしくも平易な独特の言い回しで、淡々と書き連ねている。そこにはゆっくりながらも丁寧に、あるときはすこし客観的に人間関係を見る、真剣で正直なあたたかみのようなものが感じられる。そんな文章をよんでいると、氏の周りのアメリカの人々がみな魅力的に見えてくる。不思議なことである。
氏の文章には、明確な説明や分析がないというわけではない。しかし、一つの物事について、深く、長く書き連ねるということも少ない。もちろん、一般的な人間の書くものに対すれば多いと思う。だが沈思黙考をだらだらと書き連ねる風合いはない。
一つの段落を読んでいても、とりとめのない話が出てきたりもする。事実関係を示すような話は軽快に飛び、日記や簡易な手紙のような感じである。しかし突然重要なことに思い当たれば、腰をすえて考えがまとめられる。
なにか文章1つの書き方そのものにも、「色々あったけど、ぶれない」というスタイルが見え隠れしてならない。そして、それが、そのまま、書かれている気がする。それが小説だけにとどまらず、序文のようなものにまで及んでいるところに、安心感を感じる。微動だにしない、重い腰がぶれないで存在している。作家にとって、このことがどれだけ大事なことか。

作品の最後の方で、氏が、ジョン・アップダイクという憧れの「ニューヨーカー」作家から「君の作品はすばらしい」と声をかけられて、嬉しさをかみしめる場面がある。「いろいろきついこともあったけど、こつこつとがんばってきてよかったな」と。

ところで僕のこの文章のテーマは、何故そこで突然僕が泣いたのかということである。淡々とした自己回想録に何故感動するのかということである。

その後、氏はなぜ「ニューヨーカー」のような雑誌が日本に存在しないのだろう?というのがこの文章の本当のテーマだ、とかき切っている。


2009.04.30(Thu) - 詩と作文


0423

午後2時すぎ学校へ。
学期はじめより大分人数が減って、校内には落ち着いた雰囲気が流れていた。
書いた図面を印刷する。
A1、6枚分の平面、立面、断面を出力。
まだまだやることが沢山あることを実感するが、
なんとかブックレットの提出には間に合いそうなペースである。
家に帰って久々にゆっくりした時間をすごす。
ここ何日か、集中して課題を進めていたから疲れがでたのか。
しかし逆にスケッチが進み、考えがまとまってきそうな予感がする。
映画cubeを見て6時ごろ就寝。
最近は完全な夜行性である。


2009.04.24(Fri) - リスボン日記


0416-0422

1週間の間にスタジオ課題に大きなプランニング上の変更を行いました。

今美術館を設計しています。
敷地はリスボンにある大きな山の中腹部から山のふもとにかけてのカナリの斜面地。
大まかにいうと、敷地の北と南に寄せて細長く展示室を2つ配置して
その間にレストランやショップ、多目的室などを置く計画をしていました。
そうやって展示室の間の諸室を美術館外へ開く作戦は変わっていないのですが、
その配置計画を大きく変えました。

もともとはグリッド状に切り分けた建物郡の間を、
6本の階段が通ることで開放性を出していました。
これは風景としては僕のやりたいことだったのですが、
しかし、階段はあまりに急で使いずらそうで、まわりの開発計画から考えてみると、
あまり有効なものとは思えなかったのです。
また、建物の間に作り出される庭にたくさんの階段が出てきてしまいます。
それに少しプランが単純すぎて、
もう少し複雑なものを作ったほうがよいという理由もありました。

そこで別のアイデアとして、
10個ほどあった諸室を2個、3個ずつまとめて、
前より大きな建物を4つ作ろうということになりました。
そこへの外からのアクセスはEV1本と博物館と共用のスロープにしようと。

この案のよい点は
諸室を区切るガラスの2重壁の間から、
その下の庭へ光が差し込むようになっていることです。
庭からは無駄なものがなくなり、かつ部屋から庭の様子が伺えるようになっています。

さらに、この建物を最初に計画していたときの思いは、
「多様な人の集う家」のようなものを作りたいということだったので、
それをコンセプトにして、もう一度見当していくつもりです。

「Four Old Houses between Two Strongness」

今の家になくなってしまったが、昔の家にあったような、
不思議なプロポーションをもった家々が
多様な人々によって
2つの強くもっと大きな力によって決定された建物の間で大事に使われ続ける。

仙台メディアテークのような
そのまま都市のような建物も好きですが
幻想めいた家を、無駄な情はなしに、クールに感じれる空間。
それも変わりやすいこれからの都市の中で大切に使われ続けるのではないかと思っています。


2009.04.24(Fri) - リスボン日記


0415

設計を少しいじって電話。
五時に昼食。
それからまた少し設計をいじって夕食をつくる。
9時に夕食
その後チェス。
朝3時まで配置計画、諸室の性格の見直しなどやって、結局あまり進まず就寝。


2009.04.24(Fri) - リスボン日記


0414

設計をすすめる。
展示部模型作りと問題点の解決。
山口晃をよむ。「依り代」という言葉がいい。
絵の雰囲気がとても好きだ。
夜、JTコンペの相談。


2009.04.24(Fri) - リスボン日記


0413

なにも思いつかないので。だらだらと模型を作り続ける。
スケッチなど。
少し扇子コンペについて考えてみる。


2009.04.24(Fri) - リスボン日記


0412

カヒーリョ作ポルトアレグレの教会へ。
なかなかよい。
言葉で説明できない図式を持っている。

行く道のアプローチ、帰り道のアプローチの両方をうまく扱っている。
行く道からは岩と林が見え、帰り道からは道路が、両者とも断片的に見える。
建築のせいで、等価にそれらをあつかっているように見える。

カヒーリョの建物は、曲線を拝することで、個人的な匂いを消しているのだが、
壁や床の扱い方が変質的なために、彼の作品であることがわかる。
スケッチ的ではなく、発想的に建物を考えているところがある。
遠いところから決まってきた感じがある。

そういう感じがうまくはまるといい建物になることがあるのだなあ。

建築家のつくった教会で感動するのは当たり前みたいに言う人がいるけど、
教会を設計できるというのは僕にとってはすごいことだ。
手がかりがすくないのだから。

モンサラーシュへ。
2度目。この村は僕の訪れたポルトガルの村の中で一番よい。
基本的に建物の高さが低く、風通しがよいのがよい。
市の中心に教会などのたつ、高いところがあって薄暗く、違う雰囲気がつくられている。

シザの1000戸の住宅の計画

リスボンに8じにかえる。


2009.04.13(Mon) - リスボン日記


0411

1.jpg


シザのワイナリーに着く。
彼の造形はあいかわらずシビアな緊張感に包まれている。

外観のアイデアは至って素朴で、
内部空間の光とスペースの生み出し方が実にたくみである。

建物エントランス、工場への入り口、コンフェレンスルーム、屋上庭園。
光とスペースの大きさと窓の大きさだけで、そこが何に使われるスペースか分かる。
槙さんよりももっと限定的にスペースの使い方を決める感じがある。

勤めている人の話によると、彼の設計は、簡単なプランから始まるそうだ。
そこから壁を斜めにしたり角を曲げたりして、自分自身の造形にしていくそうです。
全くそれでいいのだろう。

沢山の採石場を冒険。
電柱のある世界が上に見えること。
不完全な現代の砂漠。
ボウガンをだれかが打ったとしても、誰も何もしぬことの無い世界。

ポルトアレグレのユースで宿泊。


2009.04.13(Mon) - リスボン日記


0410

P1160168.jpg

リスボンを12時に出発。

カヒーリョのポサーダへ。
室内に見るべき場所が多かった様に思う。

レセプション部
ちょうど新築部と古い修道院の間に置かれている。
2Fから3Fへ、個性的なブリッジが増設されている。
大開口部から取り込まれた光が、カーテンによって黄色く染められている。
部屋に対して少し大きすぎるそのブリッジが、採光ボックスになって
その光が遮断されたり上へ送られたりして、様々な光の感じを作り出している。
客室は2F以上なので、この階段はそこに行くときに必ず通る場所である。

客室暖炉スペース部
またもう一度行きたくなる場所としては合格ラインに達している部屋。
黄色い古い壁からはなされて、新しい壁や柱や階段が、白く取り付けられている。
暖炉の煙を集めるための四角い穴が、天井から大きく折れ曲がって降りてきている。
つけくわえられた部分の形に元気があり、印象に残った。

中庭、レセプション部から出てすぐの細長いスペース
散漫に作られた暗くも明るくも無い寒い場所。
白く塗られた部分と石をそのまま使った場所とコンクリート打ちはなし。
気をつけないとこんなに特色のない場所ができてしまう。


強大なものの力
高さ21mの迫力と手の込んだ採光方法の工夫。

全体として、
新旧部分の対比を、常に意識するように空間が作られていることは、異論が無いと思う。
この作品を訪れて感じたことは、
しかしそれが美的な感覚を刺激することは結局あまりなかったということだ。
方法としてはとても分かりやすいが、美学としてはあまり信じられない。
2次的に印象をサポートするような弱い美学というのなら、とても優れていると思う。

マルヴァオンへ。
城壁の中にある2つの小さな建物の建ち方がとてもよかった。
震える陸の頂上に、平地で見るのと同じたち方の、壁が白く屋根の赤い建物が建っている。
「まだよく残っているけど少し伝統的で基本的なもの」をセンスよく組み合わせて。
新しい見せ方をつくって、それを「古いものの中に離散」させている。

神社や寺の境内の外れの、寂れた小屋の配置なんかを思い出しました。

エルヴァスの安宿で泊まる。



2009.04.13(Mon) - リスボン日記


0408

メールにてIさんから連絡。
アレンテージョ地方のシザ、カヒーリョの作品を今週末見て歩くかもしれないとのこと。
是非参加したい旨を連絡。
最近旅続きでインプットが多すぎる気がするが、またとない機会なので逃す手は無い。
日記、スケッチと模型作りにいそしむ。
なかなかイメージがつくられていかないのでもどかしい。


2009.04.09(Thu) - リスボン日記


0407

朝8時ホテル出発。
飛行場でBに写真集を渡す。よろこんでくれてよかった。
東京で案内をすることを約す。
リスボアに昼過ぎ着。
旅のあれやこれやを反芻しながら、寮費を払いに行く。
パステル・デ・ベレンのコーヒーカップを買う。
家に帰っていろいろの作業。
東大の履修届けを出さなければならないようだが、何の授業があるのかわからない。
でも今の予定では6月末に帰国する予定なので、
どちらにしろ授業をうけて単位は取れないのだろうとあきらめています。


2009.04.09(Thu) - リスボン日記


0406

パスタの昼食を作って出発。
今日も崖の上のミラドーロから風景を望む。

マデイラの家々は離れて建っている。
とくに島の南面はかなりの離散度だ。
聞いたところ、眺めのいいところに建てているらしい。
でもそれだけでは離散していることの決定的な理由にはならないのではなかろうか。

この島では
一番金のある人は海沿いに、
その次点は眺めのいい丘の上に、
最も金の無いものは日の当たらない谷にすむことになっている。

それが岬の切先のミラドーロからはよくみえる。
丘の上のショッピングセンターと団地。
島を周る道路は、おそらく政府の援助のためだろう、異常に整備されている。
白とオレンジの、止まったままの建物。
風。

ここからみたら実におだやかで清潔な島だ。
それに対するこの旅行の物価の安さが少し不自然に感じられる。

パウロ・デイビットの現代美術館へ。
海を望む断崖絶壁を埋めるように建てられた5層ほどはあろうかという建物。
よかった。
一番上の階から下へアクセスする方式をとっている。
分割された建物の間に、
大きくも無く小さくも無い、心地よいオープンスペースが作り出されている。
崖の下からの眺めもまわりになじんでいて、
ボリュームの分割方法がとても優れていると感じた。
対して、屋上は黒い細長いタイルで敷き詰められ、ところどころに草が生えている。
これは少々素朴すぎた。
屋上はせっかく周りから見えないのだから、
そして、この屋上は入れないことを分かってつくっているのだから、
もう少し別世界を見せるような工夫があったらよかったように思う。
白い砂を敷き詰めるとか、そういう明るいイメージを作れないものだろうか?

素朴に環境に融合する建築というのは建築のコンセプトにはならない。
内部、屋上、中庭には、もう少し別の工夫が必要なのだろう。
そしてそういったところがうまいのが、みんなが大好きなシザなのだろう。
その正体は
果たしてスケッチやスタディーからしかうみだされない曲線的な雰囲気なのだろうか。

ビーチへ。
卵を持つように指を曲げた両手の手首を、水平にくっつけてみたような、不思議な形。
気持ちよかった。
泳いだりフリスビーしたりボール投げたり身体焼いたりコンクリブロックの上を走ったり。
マデイラ島のビーチは、すべて他所から砂をもってきているそうだ。

ヨハンの家、エドアルドの家、丘の上の教会の横のカフェにいって、
みんなに別れを告げて、ホテルへ戻る。

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2009.04.09(Thu) - リスボン日記


0405

B兄ぃ寝坊、2時半出発。
午後4時半から山登り。
6時半登頂。8時前下山。日沈まず。

B兄ぃのパラグライダーの話、面白くきく。
切り立つ崖の間、GPSと共に村の上を飛び海辺へ降り立つという。
島全体のシンプルな風向きの都合により、山脈の片側のみ雲海発生し、
大西洋の孤島上空にラピュタらしき現れる。

夜の防波堤の上
尻の下でつぶされたか、なにかのはずみでGRの液晶破損しているの発見す。
3月に修理してより1ヶ月の命、いと悲しき。
弱き機械、いとしさの念、わきにじむ。

Cロナウドの故郷の村で夕食にチュラスコらしきを食す。
肉の刺さったフェンシングに似た剣と
それより滴り落ちる肉汁を受ける小皿の白と茶の対比
それにしてもこの店のサングリアのすっきり仕上げ、相性よし。

その後モロッコ茶屋で一服。
建築学生Bと化学女教師対話するのを右耳で聞く。
教師の反応にぶく、B延々としゃべる。
左耳に日本人ども外人の名前の当て字作りに集中している模様入る。
みれば手に皆ビール。

マデイラ人金なしといいさほどはのまず、話に花を咲かす。
彼らよくこころよりの笑い顔を見せているように見える。
スウェーデン人スペイン人日本人飲みまくり、ふんぞり返り相槌を打つ。
彼ら含み笑いでバカンスを楽しむ。

ホテルに帰り3人で飲みなおす。


2009.04.09(Thu) - リスボン日記



車で島の東端へ。
隆起した地面が斜めに突き刺さる、奇怪な景色を望む。
B兄ぃ曰く「地中より出けりマグマの跡」、対岸の崖の側面に刻み込まれたように見える。
北側へ周り展望台を回る。
食事は簡単にサンドイッチ。
旅では安上がりのものを食べた方がよい。
なおかつうまければ直よし。
観光客相手の店にいくとそれでもいいと思ってしまうからそれよりはましである。
海でとても大きな波を見る。
サーファーがのるような波とのこと。
霜降り肉のような模様をたたえて水が浅瀬に打ち寄せるのを見るのは気持ちいい。


2009.04.09(Thu) - リスボン日記


0403

色々やって気持ちよく完徹。
マデイラ島に10時着。
気流が悪いらしく飛行機がずいぶん揺れる。
BとEの出迎え。B邸へ向かってB兄ぃの車が発進。
建物の少なくとも多くともいえぬ数に対し、道路の整備非常によく妙。

B邸は団地のようなアパート郡の一室。
狭く曲がりくねる半外部階段、それでもおかれる植木鉢、内部の狭さ、散らかり具合。
個人的ノスタルジーに襲われる。

森の中の廃墟ホテルへ。
若者がドラッグやらデートやらを隠れてするところらしい。
踏みしめる場所場所が危なっかしい。

近くの教会などをまわる。
ショッピングセンターで食事。
その近くの墓場をこぎれいで美しくまとめる感性。

海辺の観光の中心地フンシャルへ移動。
海辺のホテルでたくさんの裸体がころころと読書やら日焼けやらしている。
結構な込み具合だ。
老人の楽しみといえどもいささか飼育感が強いのではなかろうかと思う。

教会や本屋や海の見晴らしなどを見学する。
海辺につくられたレストランの集まりが面白い。
ここで食事してしまえば、一気に観光客の気分になってしまうだろう。
それもまたひとつの道。

スーパーで買い物をして夕焼けを見る。
スウェーデン人Yの家で冷凍食。

夜は会員制クラブでただのみ。
ジャズの演奏が下手すぎる。
自分にもできるではないかと思わせる。
なんというか、あの写真集でもそうだが、
そういう風に思わせるものが最近身の回りに増えてきた。
いや逆に自分の方がそういう風に思うようにへんかしてきているのだと思う。


2009.04.09(Thu) - リスボン日記


0402

今日はまじめに模型作りを進める。
4月に入った。スピードアップが必要だ。
ようやく壁が沢山建ってきて、空間のスケッチができる段階まで来た。
メインとなる暗い空間のスタディーをこれで始めることができそうだ。

安倍公房の50年前後の作品群。
寓話的な書き方が残るものの、独特の味が出ている。
決してニヒルでもなく、社会的過ぎることも無い。
しかしプロットの、「にほん昔ばなし」にも似た怪しさが、よい。
これも一種のリアルだと思う。
彼の「むろん」のあしらうような文体の風はだからとても心地よい。

同じ「日常」を書いていても、
状況説明をする話し方が、人によって違うのである。
そこを工夫すれば、別のリアリティーを創出できるのだとおもう。
何も正直にひねくれずに話すことだけが、
経験から率直に書き下ろすことだけが、脳ではない。

寮のスロバキア人と対話。
彼は英語がそんなにできないので、話しやすい。
イースター後に飲むことになった。
明日からマデイラ島への旅行の準備。
フライトが朝早いので、今日は徹夜で作業。


2009.04.03(Fri) - リスボン日記


0401

昨日の酔いが残っている中、4時に起床。
今日は寮にFの友人を集めての日本食パーティである。
シャワーを浴びて、買出しへ。
焼き鳥、コロッケ、手巻き寿司。
リクエストされたラーメンはインスタント以上は奉仕できないので、却下となった。
僕は会場の設営担当。
といっても普段模型を作っているスタディールームの掃除。
9時前からぽつぽつと人が集まり始める。
10時過ぎHの誕生日パーティ。


2009.04.01(Wed) - リスボン日記


0331

昼過ぎ起床。
多少の作業。敷地コンターがやっと完成。
今日もキッチンが使えず、外食。
近くのレストランを開拓。
「海老」の文字が入っているメニューを選んだら、海老のカレーが出てきた。
しかも冷凍の小エビである。
市場の前に立地しているというのに、、、結局うまくだまされたわけである。
その後飲みに誘われ、
朝6時まで飲んだところでお開き。
それから10時まで作業。
オムレツを食べて11時に就寝。
やはり人がいない時間帯が一番集中力が続く。


2009.04.01(Wed) - リスボン日記


0330

家で作業。


2009.04.01(Wed) - リスボン日記


0329

学校へいかず。
模型を作ったり、「燃え尽きた地図」を読んだり。
一度読んだものであることを思い出す。
「砂の女」よりも現実的でシリアスで悲観的な展開がよい。
今日もパイプをすって、また頭が痛くなった。
敷地模型を作り始める。


2009.04.01(Wed) - リスボン日記


0328

Hの誕生日プレゼントを買いに行く。
釣竿とパイプを買う。
自分も便乗してパイプを買う。
ちょっと高かったけれど、奮発していいのを買う。
寮に帰って、生まれてはじめてのパイプ。
むせるけど面白い。
強い。
頭が痛くなった。


2009.04.01(Wed) - リスボン日記





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