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1219

サンパウロからリオまで飛ぶ。飛行機が時間通りに出発することは無い。RCうち放しのリオの飛行場は閑散としている。タクシーを浜辺近くのホテルまで飛ばす。途中沢山のスラム、ファベーラが見える。ホテルでエメルソン氏と再会。シャワーを浴びて町へ。バーで腹を満たして、メトロに乗り、オフィス街へ。たくさんの大きな建物が建っているが、最新のものばかりではなく、古いものから新しいものまで幅広くある。空調が標準装備されていないビルには、部屋ごとに空調装置が外付けされていて生活感が見受けられる。ブラジルが経済発展した1960~1970年ころに立てられたビル郡(未確認)は、巨大なキャンチやヴォイドを有している。ブラジル固有のデザイン用語。MASPを思い出す。キャンチのしたに広いパブリックスペースができそうなのだが、そこに人が集まるスペースが作られているわけではない。エメルソンさんの話では、オフィス地域とレストラン地域が離れているため。弁当文化がないため。テナントのビル、もしくはビルの中に商店が入っているのは最近のビルだけであるという。意味がありそうに見えるが意味が理解できない形態のカーテンウォールが多い。船着場があり、リオが始まった場所へ行く。ブラジルの著名ランドスケープアーキテクト、老ブール・マルクスの展覧会に訪れる。彼は多彩な人のようで、絵も描くわ料理の本もだすわ彫刻もやるわという人のようだ。絵の色使いが派手なのに落ち着きがあって達者。正式図面にかなり濃く絵の具で派手に色がつけてあって、そういうのもアリなのだなと思う。色使い◎。コルビジェの計画したオフィスビルはスイスにある彼の建物と類似していると推測される。小さなエントランス部と、螺旋階段の位置の関係が、最小限の要素、スケールと位置関係で絶妙の緊張感を達成している。さらに白大理石の曲がった壁が、内部壁なのに外部壁のような重厚感があって、いってしまえば虚の透明性なのだが、周りの白塗り壁、サッシの軽さとあいまってこのような効果が生まれていると考えられる。このエントランス周りは記憶に値する。木製の長細い照明の異常な存在感が、篠原一男を思い出させる。ブリーズ・ソレイユを動かすためのレバーが巨大。総じて内装にみるべきものが多かったように思う。ブュッフェスタイルで昼食。美味。道の8割を机が占拠しているのはポルトガルより格上。裁判所をみて、メトロに乗って、海岸へ。マドンナの泊まったホテルの前のブールマルクスのランドスケープはさりげない。砂浜から見る海は久々に自分を一人にしてくれる。ブラジルの海だってどこの海ともかわらない。ココナッツジュースを飲んでいても、この寒さではビーチサッカーは始まらない。というくらい寒いのだそうだ、珍しく一週間ほど曇りが続いて。しかしシュガーローフの頂上が見えてきたので、タクシーを飛ばして、ロープーウェイにのりに行く。丘の上から見下ろすリオ、ファベーラと高層ビル郡の対比のまだら模様、その要因は数々のこぶ山、そして向こうに見える島と雲と太陽光線の戯れが瀬戸内海に酷似する。船、一筋縄ではいかない風景、夜景の研究書。ホテルに戻り、エメルソンさんの友人の車迎で夕食へ。大混雑の飲み屋街。薬、女、音楽、酒、男、車、車、ごみ、匂い、車、光、ダンス、、、それらがあればやはりいい。卑怯な戦術ともいえるけど、東洋人はいなくて振り向かれるのを除けば、どこも何も変わらないのかもしれない。肉とたまねぎ、海老がうまいのも体がなじんだ原因。ベッドは天国。


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2008.12.31(Wed) - 南米旅行日記 2008/12


1218

ホテル近くの図書館へ向かう。通りが番号で示されているので、住所が想像しやすい。朝9時の開館前から子供たちが待っている。隣のグラウンドではサッカーやバスケをする子供たちが集まっている。図書館の中に入り、コロンビア(空港除く)で初めて(そして最後となった)英語を話せる人に会う。色々丁寧に説明してくれる。インターネットコーナーだけが空調を使っていて、後はつけていないらしい。小さな穴の沢山あいたガラス窓というか仕切りの使い方が面白い。つーつー。風土の違い。ネットを使わせていただいておいとまし、市の中心の方へ向かう。面白かったものは、携帯人間電話、靴磨き専用スペース。ひとつの美術館を訪問。ホテルに戻り、飛行場に向かう。ところがボゴタ行きのアビアンカ航空がつくのは、もうひとつの別の飛行場であることがわかり、大急ぎでタクシーを飛ばす。1時間走って、5万ペソおよそ2500円。安すぎて男児2人して感動。急いでカウンターに向かってチェックイン。小さな空港はコンパクトで、手続きが簡単で楽。1時間前ほどについたから時間は余裕。尾翼にエンジンが付いた旧型飛行機で、ボゴタに夕方つき、少し腹を満たして、サンパウロに向けて飛び立つ。


2008.12.31(Wed) - 南米旅行日記 2008/12


1217

メディリンはロープーウェイによって都市再生をした町であるそうだ。ということでまずそれにのろうということになり、ホテルの旦那にメトロの駅の位置を聞く。地図がないと困ることなんてわかりきっているのに、元山岳部なのに、昨日印刷できたのに・・・などと垂れ流す。町のスケールから分離した巨大なコンクリート駅が姿をあらわす。列車に乗りながらようやく町の全体像を把握しだす。標高1600mの緩やかな谷間に、2~3Fの低層家屋がへばりついて巨大な集落のような様相を呈している。あとからわかったことだが、これらはここ10年ほどで急増したものらしい。町の中心を茶色くにごった巨大な川が流れている。ロープ-ウェイとの乗り換え駅に到着。メトロから追加料金なしでのれる。市民の足として使われている。谷に張り付いた家々を切り裂くようにロープーウェイの鉄柱が連立する。ロープーウェイは6人のりで、相席になることもあった。すいているときは待つことなくのることができる。中からの眺めは圧巻。谷間に延々と広がる赤い家々。目ディリンでは貧富の差はあまり感じなかったし、夜このロープーウェイを皆利用して家路についていたから、このようなビューを共有できる町は素敵だと思う。ただし夜は非常に混む、という問題点があるから、なんとか解決方法を見つけてほしい。終点まで2つの中間駅があった。終点近くに3つの連なる岩のような現代建築をみつけ、そういえばどこかでみたことがあるなと思ったので行ってみることに。(Giancarlo Mazzanti というスペインの建築家のものであるそうです。)沢山のパソコンがおいてあり、本がおいてあるのはほんの一部で、冊数は少ない。子供と大人のパソコンコーナーがわかれており、どちらも人気があるようだ。外観の岩のようなボリュームは中のスラブとは無関係に殻のように存在している。町の5つの図書館を紹介しているポスターをみつける。どうやら図書館もこの町の計画にとって重要なものであろうことがわかる。(市長が教育に非常に力を注いでいる人であるそうです。)これらを全部まわれるといいなぁという基本方針が固まる。バールでパンとコーラをつまみ、ロープーウェイにのってメトロの駅まで戻る。南の別の駅まで行き、別のロープーウェイにのってみる。同じような光景。頂上で降りずに引き返す。途中駅で降りてみる。鉄柱の落ちた地点を公園のようにして開発しているようだ。メトロの駅にもどり、2つ目の図書館へ。斜面地にやさしくよりそったきれいなコンクリートうちはなしの建物であった。劇的なところはない。メトロで、市の中心地へ行ってみる。人であふれかえっている。3つ目の図書館に入る。巨大な階段状のスラブの上がパソコンルームになっていたり、斜路を徹底的に使っていて、開放感があって連続性があってなかなかよかった。本はやはり少ない。エントランスがわかりにくいなど初歩的なミスがいただけない。この図書館の前の広場は、巨大なライトセーバーの林のようで、奇妙で必見。意図が全くわからない。近くの市庁舎などをぶらぶらしながら、またメトロにのり、内藤さんの建物へ。駅から10分ほどタクシーにのって到着。すべての図書館のなかで圧倒的に利用客数が多そうであった。4時ぐらいだったから、時間帯のせいかもしれない。建物は想定内。子供たちが自分の名前を漢字で書いてもらいにくる。限定5人に当て字命名。またメトロに乗って別の図書館へ。これは駅から20分ほどタクシーでかかったろうか。相当地域密着の図書館として計画されているようだ。広場の下にボリュームをつくる、ランドスケープ系の建物。建物は想定内。子供たちがちらほらと遊んでいる。ここからみる夜景がとてもきれいだった。赤い家に赤い灯。メトロの駅にもどるとロープーウェイ乗り場が帰宅ラッシュで長い列。これが難点。ホテル近くのレストランへ行き、もどって就寝。


2008.12.27(Sat) - 南米旅行日記 2008/12


1216

移動日。ホテルからタクシーでバスターミナルへ向かう。白タクで多少ぼったくられる。メディリン行きのバスを探す。横山がすばやさを発揮しすぐさまバスを確保。10時間のバス移動が始まる。車内でかかる映画がうるさい。暴力映画を子供が見て爆笑しているという冷める光景。高速道路はないのか、山道をひたすら登ったり降りたりを繰り返す。途中レストランで昼食。まあいける。南米はメシは美味、意外であった。頭痛が続くのでさわがず安静に寝続ける。メディリンに午後7時過ぎ着。タクシーでホテルへ。ホテルに荷物を置いて周りを散策。この町の地図はない。ホテル前の通りに、照明デコレーションが大量にとりつけられ、それらが付いたり消えたりをくりかえし、その下で大勢の人々がたむろしたり歩いたりを繰り返しているのを照らしている。クリスマス期間中のデコレーションであろう。コロンビアには東洋人は皆無に等しく、注目をあびる。しかし別に危ない目にはあわなかった。


2008.12.27(Sat) - 南米旅行日記 2008/12


1215

このホテルも例に漏れずレンガ造であるが、特に寒いとか暑いとかいうこともない。ちなみにボゴタは標高2600m。元気よく出発。バスを乗り継いでコロンビア大学に到着。ボゴタのバスシステムは路線図がビジュアル的にわかりやすく掲示されているので、非常につかいやすい。乗り換えも想像力でたどり着ける程度の複雑さである。通勤通学の人々でバス停は人であふれかえっている。大学に入る。キャンパス内は平和な雰囲気。模型を持っている学生の後をおって、建築学部到着。非常に光の取り込み方など工夫されている建物で、心地よい、が、これもレンガ造。横山が学生を捕まえて案内してもらうことに。目的はロヘリオ・サルモナが作った図書館。すぐに到着したが、もうこれがアプローチから名作の匂いがぷんぷんする様相。見たことの無い建築とはこのことをいうのか。写真を見ていないと感動が大きい、とはこのことをいうのか。やはりレンガ造なのだが、色がクリームで、緑の芝生の上に立つ姿はもうたまらなく色彩中枢を刺激する。中庭周囲に外部空間がかなり多くとられていて、風が通り抜けて気持ちいい。人もそこに沢山あつまっている。大きすぎたり小さすぎたりする場所が無く、スケールが全く破綻していない。照明はほとんど取り付けられていない。板張りのお寺の中の感じと少し似ている。内部は中間領域よりさらに奥、闇の中にしまわれていて、ほとんどおまけのような感じに見える。人が自由に入れる場所をメインのスペースに担保している建築は、好きだ。目地も破綻なし。装飾に対する考え方も、レンガを互い違いにして模様のようにしたり、柱の下を膨らませたりするだけで、必要な程度をわきまえている。このわきまえているというのはいまだ主観であり説明できないが、初期ロマネスク建築に見られるそれ。円形の池がある小さな中庭も言葉が出ないほどいい場所。人がとどまるスペースではなく、図書室への前庭的存在だが、大きすぎもせず小さすぎもせず、ちょうど良い。この池に張ってあるタイルの色もまたすばらしい。図書館内部は光の取り入れ方がすばらしい。天井のコンクリートの白い面にはハイサイドライトからの光がなめて、側面の小さな開口からは個別に窓ぎわに光が落ちている。内部の照明もほとんど無し。カーンのような大きな丸い開口がきになる。屋上も品が良い。この人は誰の影響を受けているんだろう?図面必見。1回すべてCADで書いて寸法を覚えたいくらい。誰か見つけたらください。私の写真と交換しましょう。この南米旅行で建築家が作った建築としては一番の良品と思う。後ろ髪をひかれながら大学を出て、もうひとつのサルモナの市立図書館へ向かう。レンガ像の巨大な団地のキオスクでポテチとコーラで腹を満たし歩き続ける。広大な公園に到着。人はほとんどいない。入ろうと入り口をたたくが2時から開くという返事。時間がないので外観だけ見て次の作品へ向かうことにする。ガラスが不自然にはめ込まれていて、もとは外部空間だったところを内部にしたのではないかと推測される部分がいくつか見えた。防犯上か何の理由か、残念に思う。タクシーにのり中心部へ。小さい丸いパン菓子を食うがいまいち。横山の新しい靴を買う。店内に照明がついていない。コロンビアの店は従業員が非常に多い。そしてこの靴やには警官までいた。商品の利潤90パーセントくらいなんじゃないと食っていけないんじゃないのか?その後、昼食。肉とポテト。デザートに大量のマンゴー。安くて多くて大満足。ここは人気店だったみたいでラッキー。カフェで一服した後、サルモナの集合住宅に向かう。途中でコロンビアTV局のインタビューに流暢な日本語で答える。グラウンドレベルはお店や広場といった公共空間で、お店の中は塗り壁。ホテルもそうだが、ほとんどの建物が白く内部を塗っているものと思われる。管理人室で一問答して中に入れてもらう。といっても屋上にまでいっただけで部屋の中は見せてもらえなかった。とくに感想なし。事前知識の無さを露呈。屋上からの眺めで、高層建築が少ないことがわかる。町のさらに中心の方へ向かう。人々がわんさかいて、活気があって少し危なそうな雰囲気がよい。毛穴が開いて五感が開く。一つの面白い建築を見つける。建物がスロープにくるまれている建築。内部にもスロープがあり、変則2重螺旋の周りにたくさんの小さな店がくっついている。何故こんな建物ができてしまったのだろう?無駄な場所もなさそうで、設計としては100点満点の建物だと思う。狭いスロープを街路空間のようにうまくアレンジして使っている。マドの無い風通しのよさもよくみえる要因だとおもう。その後歩き続けていたら、たまたまガルシアマルケス文化センターのようなものにたどり着く。おそらくサルモナの作品。円のモチーフを多様。その後彼の作った集合住宅、他の作品を見る。総じて円、円、円というかんじで食傷ぎみ。ディテールが良い。郊外を周り、ホテルへもどり、近くでメシを食って就寝。夕方以降、頭痛がひどく、すぐ寝る。


2008.12.27(Sat) - 南米旅行日記 2008/12


1214

朝6時過ぎにサンパウロ着。カフェで休憩後、すぐ空港へ向かう。病院でワクチン証明書をもらおうとしたが、注射はいらないとのこと。そのほかは特に問題も無くボゴタへ向かう飛行機に乗り込む。機中眼下にアマゾンが見える。一面の森の高さは一様で、山も無く、川以外は緑のじゅうたんがひろがってそこに雲の影だけが落ちている。なんと言う広さ。ロシア大陸の闇の中の鉱山が光る風景を思い出す。いつかここでピラニアを食べたい。しかしいつか行きたい場所が、すでに眼下に見えているというのも不思議な話である。いったい我々の現実感覚はどうなっているのだろうか?ボゴタはコロンビアの首都に午後2時過ぎ到着。ここの空港にはATMもなく、さすがに観光客は少なそうである。ユーロを換金して、36万ペソ=2万円弱。とてつもない単位だが、5万ペソ札などがあって、紙幣の多さは期待したほどではない。ホテルへ向かう。工場地帯から赤レンガの建物が多く見られる街中へ。9割いや10割ともいっていいほど赤レンガの建物ばかりで、開口の開け方がとても広くて独特の建築様式、すなわち町並みを有している。高さは2~4Fといったところか。ホテルに到着。すぐに荷物を置いて外へ繰り出す。道の汚さ、町に人がいない、、、と思いながら大通りへ出てみると、巨大なバス停に仰天。ここボゴタはクリチバ以上のバス都市である。長さ200,300mはあろうかというバス停に次々に連なったバスが押し寄せて、人々をすってははき、すってははきしている。これがなんと1つの駅だけではなく、全部の駅なのである。ひとつのバスに乗り、町の西の果てまで行く。どうやら止まる駅を飛ばし飛ばしにしているらしく、急行のように他のバスを抜いていく。すなわちバス専用レーンが2×2=4レーン用意されている。これはすごい。西武線、小田急線のバスバージョン。バスを待つ時間は2~3分で、非常に効率的なピストン輸送を実現している。バス停のデザインはシンプルな鉄骨造で統一されている。果ての駅で降りる。コロンビアもスロープ万歳で、歩道橋、駅の中も、斜路全快。多くの人々が上り下りしている絵は陰気でよい。駅中で撮影している横山が3回警官に怒られる。ブラジルのメトロ、コロンビアのバスは、駅に警官がいて安全である気がする。元の駅まで逆送し、怖い夜道をまっすぐにホテルに戻り、レストランでまたもや焼きそば(濃味)を食べ、就寝。


2008.12.26(Fri) - 南米旅行日記 2008/12


1213

クリチバ・バスターミナルに朝6時過ぎに到着。カフェで作戦を練る。一日でこの有名なバス計画都市クリチバを把握するために。最初にタクシーに乗って郊外の動物園へ。20分ほどいくと巨大な緑地帯にでる。動物が飼われていて、原生林のような森が広がっている。ファイバーシティの余った緑地帯のイメージがここに現実化しているように感じた。このような場所に住んでいて、町の中へ朝、バスで通う人もいるようだ。街中と森の距離感の近さに驚く。バスで街中へ戻る。有名なチューブ型のバス停が街中に散見される。しかし郊外にはチューブ型のバス停が無い場所もある。バスの利点は、電車よりも小回りが聞くし、線路が無いところ、すなわちバス専用レーンではない普通の道でも走れるというところである。電車よりもさらに細かい交通ネットが晴れるであろう。セントラルを散策。ビルとビルがくっついて、その間の幅が狭くなっている集合住宅が多く見られる。横山により、「サンドイッチ型」と命名。中に入りたいということで、ある1つのアパートの管理人と交渉したところ、なんと一発OKがでる。英語の教師をしている初老の男性に案内され内部を見る。ビルの裏側にプライベートの公園が配されている。ただし、バルセロナのように街区全体をビルが埋め尽くしていないので、裏庭には開放感がある。クリチバは、中心部に線形に高層ビル群を集める都市計画で有名であるが、中心部にそれほど高い建物が結集しているわけではなく、ある程度のばらつきがある。幅の狭いところはコアになっていて、膨らんでいるところが住居。住居内部は普通。水場が連続しておかれる配置が酢こし特殊。もっと立派な集合住宅もあるとのことである。お邪魔して、24時間通りへ。最近閉鎖されたとのこと。通り過ぎて4月23日通りへ。屋台で焼きそばを食べる。年末年始期間はこのように屋台が出ているとのことである。通りは休日ということもあってにぎわっていた。もとは車通りの激しい道を、都心の歩行者専用道路として市長がクリチバ都市計画の最初に打ち出したもので、72時間で工事を終了させたとのこと。ところどころバスが入り込めるだけの道があって、ここでもバスがうまく活躍している。バスを特権的な位置におくのは、電車よりも町に近くて、成功している。日本の路面電車を思い出す。しかしバスの路線案内図がなく、観光客には使えない。その理由がわからない。幸い行きたいところが旅行者用バスで回れることがわかったので、それを使う。2Fがデッキになったバス。ごみ処理場を改修した植物園、オスカーニーマイヤーミュージアム、自然大学と回るが、とくに目立って面白いものはない。が、町の様々な場所をめぐるため、次々に景色が変わってバスから見る景色がとても面白い。観光客が沢山いるところをみると、宣伝の仕方がうまいのだろうと感心する。見る場所が細かくそろっていて、それを結ぶバスさえあれば、特別なものがなくても人は集まる、ということである。移動の建築、美術館的である。最後にテレビ塔に行った。下での印象とは少し違い、線形に伸びる高層ビル地区と、その周りを取り囲む緑の多い住宅地区、そのさらに外に森とはっきり判別できるようなコンセプチュアルな風景。まるでファイバーシティそのものが実現されており、これは感動。斜視点の町並みの美学。街中を散策し、バスターミナルに戻り、夕食をとり、長距離バスに乗り再びサンパウロを目指す。


2008.12.26(Fri) - 南米旅行日記 2008/12


1212

■サンパウロ
サンパウロの中堅ホテルで目を覚ます。一泊2人で4000円ほどか。ブラジルにはホテルのグレードを星で表す規則は無い。よって中堅とは値段から判断してということだが、部屋は決して広いとはいえない。これから悩ませられることになるのだが、ホテルに机といすが無いのは、個人的には寝てしまうだけになってしまうので困る。スリッパや髭剃りがなくても、この塗りこめられた壁に向かった30cm四方の机があれば、これ以上の精神安定剤はない。
■MASP
ホテルを出て、メトロに乗り、美術館MASPに向かう。イタリアからの移民女性アーキテクト、リナ・ボ・バルディ氏の作品として、日本にいるときからそのコンセプチュアルな形態に好感を持っていた。最寄の駅を降りると、パウレスタ大通りというサンパウロの大手町とも呼ぶべき高層ビル群の連なる一角に出る。瞬間の驚き、それは、大手町丸の内の類い、あるいはマドリッドとも違うのは、ビルの形態がとても自由であることである。下が巾の様に広がった三角形の建物、あるいは道に直角に面さずに角度をふった建物、などなど。したがって、壁面を連続させなければならないなどという強迫観念はない。僕の高層ビル群にたいする知見が少なすぎるのだが、たち方は東京に似ていて、形はもっと自由になったような気がする。少なくともヨーロッパの壁面連続型ではない。MASPにすぐに到着。赤い構造体は近年塗られたものであるそうだが、目立つモニュメントとしての色を配していながら、中心にないため、威圧感は無い。ぶらさげられている箱の下の大きな空間では、何も行われていなかったが、シザのエキスポパビリオンと同等の、イベントが行われそうなスペースになっていた。箱の内部は普通だ。相当の絵画がそろっている。モディリアーニと、セザンヌはやっぱりうまい。現代絵画では中国人の、薄い墨のような顔を書く人がいい。見るのは2回目だが名前を忘れてしまった。骨格が残っているが、少しだけ何かの力で崩れてしまったような絵が印象に残る。踊りもしかり。MASP1Fのレストランのビュッフェは美味。ブラジルではビュッフェが大人気で、サンパウロ、リオ、ブラジリア問わず沢山の種類の味を楽しめるこのスタイルが見られる。しかも味付けも良く安いので、日本人にはとてもうれしい。このレストランへ向かう間にある階段は、非常にかっこいい。熊野の古社(とくに新宮の神倉神社)の1000年の間歩き続けた階段のもつのと同等の畏敬を、磨り減ったコンクリートと赤く塗られたコンクリートの2種の対比がうまく表現している。
■ショッピングセンター+高層ビル
パウレスタ通りを歩いていると沢山の奇妙な高層ビルに出会えて面白い。カーテンウォールのデザインは、日本のようにテクノロジーで解決するというよりも、形態的に面白いものが多い。日本の新宿の公開空地のスケールアウトがなく、オープンスペースの規模がよいようにおもえる。したがってビルとビルの間隔がせまく感じる。ビルに日光があまり入らないかもしれない。あるビルにはいった。1~3Fまでがショッピング、上がオフィス。1~3Fに大きな吹き抜けにスロープ。これから数々のスロープ建築をみることになる。このスロープもその例に漏れず、傾斜がある程度きつく、身障者用の計画ではない。しかし歩いている人が何人かいて、使われながらも特徴のあるスペースになっているようだ。総じてブラジルにはスロープが多いが、皆使っているのが印象的。暖色系の色使いのトップライトまわりも心地よかった。

■エスカレーター建物、ロカ
パウレスタ通りを折れる。一転小さな店の連続で原宿や青山の裏のような町になる。建物と建物の間をくりぬいて、通りを作り、両側にお店を並べる、モールのような手法を用いた「行き止まり商店街」のような形式の建物を数多く見かける。治安はさほど悪そうではないが、スーツの人は少ない。途中で、街路とスロープでつながっている建物をみつける。1kmほど歩くと公園の中に、パウロ・メンダス・ダ・ロカの美術館に到着。コンクリートうちはなしの建物が地中にうまって、ランドスケープ建築。このような人々が集まれるスペースの下に展示場を作るタイプの建築は、メディリンの最新の図書館にまで継承されていると見える。ただこのときはそんなに人は多くなかった。内部は普通。やはりスロープが多い。
■リナボバルディ2
タクシーに乗って、メトロ駅まで行き、そこから歩いてリナ・ボ・バルディの作った劇場へ向かう。街中には沢山の車が巨大な立体交差の上を行きかっている。歩道の整備は日本やヨーロッパに比べよくない。小さな広場でブラジルに来て初めてサッカー少年を見つける。そこらで子供たちがサッカーをやっているという南米イメージはもうこの大都会にはほとんど無い。TEATRO OFICINAをみつけだす。工場のコンバージョン。街路から垂直に幅10m弱のスロープが下って、それに沿って細長い観客席が短管で組まれて作られている。短官が様々な色に塗ることができそうで、イベント的な雰囲気をかもし出している。いますぐにでも作り変えることができそうなディテール。イベントにあわせて観客席の数をかえることもできそうだ。トップライトも統一されたデザインというよりかは場当たり的な解決に見える。その不法侵入を試みるが、途中で追い返される。ポルトガル語で頼み込むがリハーサルがあるとのことで却下。トップライトがあくところをみたかったがいつかまたみにこよう。
■ファンタオレンジ盗難事件
セ広場へ向かう。その途中で手に持っていた500mgのうち半分も残っていないファンタオレンジを子供にひったくられる。事後的解釈では確かに油断していたが、たかがファンタでされどでもない。ストリートチルドレンのひったくりとはこういうものかという印象。彼らも生活のためというよりも遊びでやっているようである。横山が追いかけるも息切れ。セ広場到着。教会と広場というヨーロッパ的組み合わせ。旧市街だけあって周りの建物が古く、治安も悪そうなのは他の町と変わらない。教会はスルー。
■らくがきビル、市場
広場から市場へ向かう下り坂。町が汚くなっていく。露天が増え、人も増える。もう使っていない周りの高層ビルが多そうだ。しばらくいくとその権化ともいえるような廃墟高層ビルが聳え立っていた。こいつの魅力は遠めからみつけた瞬間我々の心をはなさなかったほどである。20Fほどのビル全体に細かな落書きが満遍なくほどこされている。マドはところどころ割られている。周りは道路で囲まれており、威厳がある。現代アートのようで、遺跡の美しさともまた違った魅力をかもしだしていた。市場は小さい独立したバラック建物郡が工場のコンバージョンという天井の高い建物の中につめこまれていた。2Fですこし休憩する。
■めちゃ薄いスロープ、看板ヴぉいど
一通りみるものも見たので市場をでて近くの郊外へ向かう駅へむかう。歩道橋スロープが薄くて地震の無い国ということを再確認する。あいかわらず人の動線が確保されていない。建物に看板をはがした後を発見する。サンパウロでは現在、街中での看板が禁止されているそうである。シュール。駅は地下が改札口で1Fはホーム、2Fはパブリックスペースになっている構造。トラス屋根。近くの店で40円で紙トランプを購入。もうひとつ建物を見て、ホテルへ帰る。荷物を持ってバスターミナルTATUAPEへ。夕飯を食べてバスに乗り込む。最高級のCometaのバスは快適で完全に寝そべられてお貸しまで付いてくる。6時間走って5000円。


2008.12.26(Fri) - 南米旅行日記 2008/12


1225

12時過ぎ起床。
南米旅行の記録をつけようとするも書く分量の要領を得ず、1日分もかけない。
7時にシキさん、ヤスシさん来たる。
パーティは途中にデンマークからのBIC勤務中アオキさんも向かえ、1時過ぎまで話盛り。
皆話し上手で面白い人ばかりで、集まるところに集まるなぁという感じ。
僕は中盤から後半は完全に聞き役。
楽しいひと時を感謝。
一人で映画”chocolate”を見て就寝。


2008.12.26(Fri) - リスボン日記


1224

昼過ぎ寮に戻る。
しばらく身辺整理。
夜10時寮を出発。
バイシャ近くで夕飯をとろうとするが、イブのため店がほとんどしまっている。
幸いあいている店を見つけて食事。
ポルトガル人ではない家族連れが2組食事をしている。
おそらく家族旅行であろう。
その後今日でさえも運行している路面電車でジェロニモス修道院へ。
ミサに参加。
カトリックの本場で、イブにミサに参加したのは初めての経験。
ひざまずいて祈ったり、歌をうたったり、かなり本格的。
これはカトリックの本当の信者でなければいてはいけないのではないかとの念をいだいてしまう。
建物を見に行ったり、観光をしたりするといつも思うが、
どこまで物を見ていいのか、という自分の中のルールを人はだれしも暗に抱いている。
そのルール作りが、観光のデザインであると、僕は思う。
横山ともすこし話したが、
観光は、町のデザインとして、人間一人一人の価値観までさかのぼれる重要なファクターである。


2008.12.26(Fri) - リスボン日記


1211

サン・パウロ、グアリョス空港に、飛行機が1時間ほど遅れ、9時ごろ着。ATMのカードの入れ方にとまどいながらも、何とか現金を引き出す、1レアル=40円。通貨単位が計算しにくい=お金を使ってしまう・の法則・・・それにしても空港から今日の目的地INDAIATUBAに向かうというバスターミナルまでのバス(この状況を省みればバスターミナルというのが、スペインにとどまらず、南米においても交通の拠点であることがよくわかる・・・)の乗り場が見つからない。なんとか1つの乗り合いバスに乗換駅TATUAPEの名前をみつけ、メトロの駅まで向かう。TATUAPEの駅は大きなトラス屋根の舌にコンクリートの塊でできた構造体といういでたち。この風通しのよさは我々湿潤気候民族からみた我々にとっては、魅力的にみえるのだが理由はよくわからない。この駅からメトロ(といっても地上を走る列車で、どうも常にまがっているかんじをみると大阪の環状線を思い出してしまうのだが)をのりついでバスターミナルのある駅まで向かう。日系人が多いのに驚く。彼らは外見から見ると日本人とほとんど同じ顔の形をしているので、我々の顔立ちが珍しがられて振り向かれることなど無い。その分こちらの気持ちは外国人としての自己内意識と、周りからは普通に見られているという自己外意識の間で宙ぶらりんになることになる。20分ほどでバスターミナルに到着。現地の横山の元研究室の同僚たるエメルソン氏の教えに従い、バス会社へ行くも次のバスの出発時刻はあと3分後とのこと。あざ笑うおばさんに同調しこちらも乾いたわらいを浮かべながら1時間2分後のチケットを買う。ちと先に乗り場をチェックしとこうかね。。。。と思いながらホームが1~50までずらずらと並ぶ地階(1F)へ。乗り場についてみると1分前に出ている予定のバスがー「乗せてよ」「おうよ」てなわけで1時間の時間短縮に成功。しかし実はここまでの相当なる無駄足及び交通機関の時間ロスにより予定より大幅に遅れること午後2時半にINDAIATUBA着。
すぐに横山及びエメルソン児玉氏に会う。エメルソン児玉氏は現地アーキテクトで、以前はサンパウロの事務所で働いていたそうだが、近年独立したそう。昼食後、現在施工中の家をみせてもらった。レンガを積み上げて構造にし、柱はなく、梁だけをコンクリートにした構造。空調等の設備はなく、すべて自然換気とのこと。プランは1Fがリビング、2Fに個別の部屋という大まかな区分は日本のスタンダードと同等だが、1Fに大きなバーベキュースペースをもうけること、ドアが高さ2.8Mほどはあるかと思うほど大きいこと、2Fの個別の部屋の1つ1つにトイレバスルームがついていることなどを考えると、1つ1つの部屋の大きさは日本よりも小さく、家全体の壁はにほんとさしてかわらないといった印象。レンガをたたいて、割って、角をそろえ、その外側からめりこめてエッジの滑らかさを出すという手法に感心・・・というか、これなら角のきれいな建物を作り出せるということである。。。中に何が入っていようとも。
この建物の立っている敷地は、コンドミニアムとしきりにエメルソン氏が説明してくれるものであるのだが、どうやらゲーテッドコミュニティーの一種とも呼べるべきもののようで、入り口で入出国検査をし、一旦中に入ってしまえば、外の世界とほとんど道のかんじは変わらない世界が広がっている、しかし池が某所に配置されたり景色が開けていたり、芝生がきれいに刈られていたりと、絵に描いた幸せのような田園風景を広がっている。家、家、工場。。。このようなかんじでエメルソン氏の建物を計3つ見た。
ところでコロンビアに行くために突然問題が浮上したのである。それはあのはるかな黄金の国ジパングから想定するに最も危険な国の1つであるコロンビアらしい出来事なのであるが、ブラジルからコロンビアに入るときに限ってワクチンが必要だということなのであった。想定外の病院送りをくらい震え上がる2人に注射器が用意される。しかし想定内も内すぎるほどの線の細さで0.1秒で2018年までコロンビアブラジル間永久通行パスポートをもらう。
バスでサンパウロへ戻る。車中お互いの生活の絶え間ない報告。メトロでPARAISOへ行きホテルFORMURA1へ。ホテル近くのファーストフード店で過度に食い、ネットをしてから就寝。


2008.12.25(Thu) - 南米旅行日記 2008/12


1220

I am now in Rio.


Food especially fish is good.

Temparature is not good but town and nature mixed scape is great in Rio

And Yokoyama`s talent to go forward save me many times.


All things are going well.


South America is really unseened place for me.

In Colombia Nobody talks English.

But fantastic big high mountain city scape that is not cleaned off by turists is remained.

Bogota and Medellin, these two cities are great.


Anyway

A mayor of Critiba said this ;


what you should get is not money

It is thinking


Uuuuuuuuuuuuu


2008.12.21(Sun) - リスボン日記


1209

課題に走った走った。
A1 6枚ただいま印刷が終了。
模型は2つで断念。
みんなより2週間はやく終えた勝手、印刷もらくらく終了。

やはり模型材料やプリンターなど、慣れない環境の中では
想定外の時間ロスもおおかったけれど、
大方予定通りのペースで仕上げることができた。

ねばるってことをしなくなった。
配分ってやっぱり本能的なことだと思うから、反射神経をきたえるしかない。

明日からブラジルへいってきます。
把握していなかった休日(月曜)のために一日出発をおくらせることに。

南米でびゅーいえーい

ネットさえつながれば随時更新の予定です。


2008.12.09(Tue) - リスボン日記





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