Recently
Archive
Category
Link
Profile


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


--.--.--(--) - スポンサー広告


1223

朝すぐ空港へ。サンパウロまで飛んで、ローマへ行く横山とお別れ。僕は夜のフライトまで時間があったので市内まで行くことにした。荷物を預けて乗り込んだ乗り合いバスが途中でパンク。市内まで45分のはずが、渋滞もあいまって2時間半かかる。お目当ての建築はニーマイヤーの公園の中に立てた巨大な屋根。シンプルなもので面白い場所を作っていて、想像通りよかった。ニーマイヤーは空間じゃなくて場所を作るほうがうまいというのが感想。SANAAにつながるものを感じる。それだけみて空港に戻ってマドリードへ飛ぶ。

スポンサーサイト

2009.01.04(Sun) - 南米旅行日記 2008/12


1222

タクシーを捕まえて地図のここに行ってくれとたのんだのは北百七八番地あたりだったろうか。数字の番地番号は、個性がないというけど、旅行者にはわかりやすいし、いいところもある。昨日南をみたから次は北も確認したかったのと、地図上でそこだけ道路が切れていた理由が知りたかったのと。切れた道路の先は幼稚園になっていた。北も南も集住が集まっているのは同じ。ひとつくらい入ってみたかったのだけれど、無理でした。ひとつ面白いのは、お店の名前が番地番号で書かれていることが結構あること。たとえば「107」というキオスク。「108」という小さなタクシー乗り場。そこでタクシーを拾って大統領邸へ。東の果てに来た。銃を持った警官にびびって入れず。ここから西に向かって延々歩く。歩道がない。ヒッチハイクしてもだれもとまってくれない。五六kmは歩いたと思うが、やっとひとつの建物につく。ニーマイヤーのオフィスビル。使いやすそう。めぼしい建物はすべてニーマイヤーのものなのだが、ひととおり見る。パーティーや食事会を催すための宮殿(名前忘れた)が、よかった。外から見てそのような感じを受けたが、エイジングと白塗りのバランスもいい。内部もいい。うまく説明できないのがもどかしい。あとは国会議事堂のコーヒーがおいしいので是非のみに行ってください。ポルトガル、コロンビア、スペイン、ブラジルでいままで飲んだので一番のもの。後のニーマイヤーはノーコメント。テレビ塔には登れず、ふてくされてマックでパイを食べる。夕方ホテルに戻り、横とサウナ対決。裸でプールで泳いでいたらレディーに見つかる。夕食はご当地料理シュラスコを食いに行く。色々な肉が焼き立てで次々に出てきて大満足。最後に贅沢をして後はねるだけ。


2009.01.04(Sun) - 南米旅行日記 2008/12


1221

朝から豪華な朝食メニューを差し出されるが、昨日が遅かったのでコーヒーとパイナップルですます。果実が甘い。リオを一望できる眺望がこの部屋の唯一にして最大の売り。ブラジリアへ向かうために朝早くお邪魔する。Web jet という飛行機。チケットレスでレシートのバードードをピッで手ごたえがない。スッチー(死語)も半そでTシャツに簡単な服装で、この手ごたえの無さを安心ととるか危険ととるかは人しだい。使っている機体は同じだが、整備などどうなっているのだろう?という物理的な疑問もさることながら、問題は精神的なところである。我々のために高い飛行機は服装が古典的で、安い飛行機は服装がカジュアルというのは過渡的な傾向であってほしい。飛行機会社のデザインというのは面白いだろうな。飛行機が20世紀の産物なら、21世紀にはどんな空とぶ物体が生まれるのか。値段をきりつめることが建築のデザインの一つになったのだって工業化が一つの転機だった。空を飛ぶことの安全性がぐんと増して、飛行機のデザインが歴史的多様性をもつこと。。。ブラジリアの空港からタクシーでホテルへ。ATMが使えずやむなく換金。あいかわらず曇っている。ホテルの設備がよくて満足。ホテルの従業員の服装がスタートレックにそっくり。「未来都市ブラジル」って直喩か。町にくりだすも、この町の歩道のなさに愕然とする。正確に言うと、舗装されていない歩道がないのに加え、舗装されている道が車のための道路だけであることの悲しみ。ひきもどせば、道が車に奪われていて、車を運転できないための単純な悲しみ。芝生を掻き分ける感触にもなれていくものなのだが、決定的な差である。ゾーニングしてあるため、ホテルの周りにはホテルしかない。滝のように雨が降ってくる。雨しのぎに昼食。あいかわらずうまい。車道を歩いてバスターミナルへ。近くのショッピングセンターの中が町と全く違う「いつもの」人口密度で驚く。物にあふれていて人種の違いなんか相対的に減ってしまうし、光も僕が東京で浴びているものとなんら変わらないし。ああ物に旅におぼれていたい。メトロの駅を探すもなかなか見つからず。この町は旅行者が少ないのだろう。ごぞんじ飛行機型の計画の南翼端にあたる114sulで下りる。コルビジェのパースに出てくる集住がたくさん並んでいる。ここらの住宅地には歩道がある。翼の外、無宗教の教会、墓場をみて別の駅まで歩く。車しかとおらないところには歩道が無い。本当に大変。メトロに乗って、もはや好例になった、果てまでGO。さらに南へ。地下鉄は地上にでて、いわゆる郊外部へいくのだが、そこには飛行機の面影はない。何もない平地の場所の駅、数件のショッピングセンターと線路と直行方向に進む道路が印象的なshopping という名の駅、様々なデザインのタワーマンションが林立している駅、、、ほとんど寓話かと思うような光景であった。多様な建築物があって、形も規模も適切に設計されたこれらのエリアは、たしかにもはや巨匠の設計したブラジリアではない。しかし、だれかが計画することなしにこんな状況は起こりえず、それを隠す気も全く無い。そんな点ではここもいまだブラジリアなのかもしれないと思った。逆走してホテルに戻って飯食ってねる。


2009.01.04(Sun) - 南米旅行日記 2008/12


1220

起きてE氏の友人のFIATでリオの郊外へ。このイタ車の安定感は心地よいが、運転手のテンションが高い。リオっ子(カリオカ?)からすれば「小さい日本人(ジャピート)もっとしゃべれよー」ということになる。こちらにも住宅街とショップと自動車屋という日本の郊外と似たような状況が生まれている。平地部に一戸建てはほとんど無く、巨大マンションばかり。山の上はファベーラか、小さな建物がポツリポツリとたっている。浜辺は共有で、プライベートビーチはないそうである。フランスの建築家、ポーザンバルクの建設中の巨大オーディトリアムの鯨のような形がアウトバーンの横に見えてくる。スロープが建物内部を通り抜けているから、周囲は公園のように整備されるのかもしれない。山の上にこちらでは珍しい木造建築。有名な建築家の作品らしい。オスカーにーマイヤーの魚が泳ぐように平面がうねった集合住宅は山肌に寄り添っているが建物としても主張していて好印象。立面のきり方がよい。ピロティーの下に道やら駐車場やら植物やらいろんなものが入っていてよい。植物園を通り過ぎる。木が育ちすぎて大きい。ブールマルクスがやった別の浜辺の計画。埋め立てて作った浜辺。歩道の曲線がビスタじゃなくて人々の重なり合いを生んでいてよい。60もしくは70年代に建てた近くの博物館は激しく劣化している。箱の周りに構造体をまとわり付かせているが、箱が浮いているように見えるから不思議。街中の飛行場へ。細長いボリュームで、小さな空港。エントランス部が横の吹き抜けとなって、道から直接飛行機が見える仕掛け。これをみて、南米のスロープについて横山が何か思いついたようだ。近くの寺院へ。キリスト教会で、こんなに木の装飾が沢山使われているものははじめてみた。日本の江戸時代の寺のように細かい木彫りの装飾が沢山使われている。木製の日本寺院のような屋根が、石のドリス型ピラーの上にのっている。イスラムの影響があるのかもしれない。知識なし。セントロで新古典主義の美術館と老舗石鹸屋による。二テロイへ向かう途中で、巨大さで有名なサッカースタジアムへ。中には入らなかったが、構造体が青く塗られているのに着目。インダイアトゥーバの古い建物などにもみられるように、構造体やドアを青く塗る意味はなんなのか。橋を渡る。海軍の船、石油を掘る巨大機械。工場萌えの気持ち。小さな市場の2Fで遅めの昼食。小さなサーディンの揚げ物と魚のトマト煮込み両者ともうなるほど美味。ニーマイヤーの美術館へ。スロープの支えが少なすぎて驚愕。だがネンドでのスタディ模型みたいな施工精度。対照的に美術館はUFOのようなきれいな形。内部は星4つくらい。この美術館の形は、二テロイ市のマークになっているほどであるから、ニーマイヤーの国家建築家的立ち位置がわかる。高い崖の上から町を見下ろす。リオと反対側には広々とした戸建住宅街が広がっている。E氏友人の家でゆっくりし、夕食派地元デザイナーのレストランへ行き、そのまま泊めていただく。


2009.01.03(Sat) - 南米旅行日記 2008/12


1219

サンパウロからリオまで飛ぶ。飛行機が時間通りに出発することは無い。RCうち放しのリオの飛行場は閑散としている。タクシーを浜辺近くのホテルまで飛ばす。途中沢山のスラム、ファベーラが見える。ホテルでエメルソン氏と再会。シャワーを浴びて町へ。バーで腹を満たして、メトロに乗り、オフィス街へ。たくさんの大きな建物が建っているが、最新のものばかりではなく、古いものから新しいものまで幅広くある。空調が標準装備されていないビルには、部屋ごとに空調装置が外付けされていて生活感が見受けられる。ブラジルが経済発展した1960~1970年ころに立てられたビル郡(未確認)は、巨大なキャンチやヴォイドを有している。ブラジル固有のデザイン用語。MASPを思い出す。キャンチのしたに広いパブリックスペースができそうなのだが、そこに人が集まるスペースが作られているわけではない。エメルソンさんの話では、オフィス地域とレストラン地域が離れているため。弁当文化がないため。テナントのビル、もしくはビルの中に商店が入っているのは最近のビルだけであるという。意味がありそうに見えるが意味が理解できない形態のカーテンウォールが多い。船着場があり、リオが始まった場所へ行く。ブラジルの著名ランドスケープアーキテクト、老ブール・マルクスの展覧会に訪れる。彼は多彩な人のようで、絵も描くわ料理の本もだすわ彫刻もやるわという人のようだ。絵の色使いが派手なのに落ち着きがあって達者。正式図面にかなり濃く絵の具で派手に色がつけてあって、そういうのもアリなのだなと思う。色使い◎。コルビジェの計画したオフィスビルはスイスにある彼の建物と類似していると推測される。小さなエントランス部と、螺旋階段の位置の関係が、最小限の要素、スケールと位置関係で絶妙の緊張感を達成している。さらに白大理石の曲がった壁が、内部壁なのに外部壁のような重厚感があって、いってしまえば虚の透明性なのだが、周りの白塗り壁、サッシの軽さとあいまってこのような効果が生まれていると考えられる。このエントランス周りは記憶に値する。木製の長細い照明の異常な存在感が、篠原一男を思い出させる。ブリーズ・ソレイユを動かすためのレバーが巨大。総じて内装にみるべきものが多かったように思う。ブュッフェスタイルで昼食。美味。道の8割を机が占拠しているのはポルトガルより格上。裁判所をみて、メトロに乗って、海岸へ。マドンナの泊まったホテルの前のブールマルクスのランドスケープはさりげない。砂浜から見る海は久々に自分を一人にしてくれる。ブラジルの海だってどこの海ともかわらない。ココナッツジュースを飲んでいても、この寒さではビーチサッカーは始まらない。というくらい寒いのだそうだ、珍しく一週間ほど曇りが続いて。しかしシュガーローフの頂上が見えてきたので、タクシーを飛ばして、ロープーウェイにのりに行く。丘の上から見下ろすリオ、ファベーラと高層ビル郡の対比のまだら模様、その要因は数々のこぶ山、そして向こうに見える島と雲と太陽光線の戯れが瀬戸内海に酷似する。船、一筋縄ではいかない風景、夜景の研究書。ホテルに戻り、エメルソンさんの友人の車迎で夕食へ。大混雑の飲み屋街。薬、女、音楽、酒、男、車、車、ごみ、匂い、車、光、ダンス、、、それらがあればやはりいい。卑怯な戦術ともいえるけど、東洋人はいなくて振り向かれるのを除けば、どこも何も変わらないのかもしれない。肉とたまねぎ、海老がうまいのも体がなじんだ原因。ベッドは天国。



2008.12.31(Wed) - 南米旅行日記 2008/12





/
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。