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暴風

そのころあまり心臓の調子のよくなかった俺は、街で珍しく雪が降った日も、飛行機雲がまっすぐ空に線を引いた日も、空高くトビが何にも考えずにゆらゆら舞っていた日も、自宅から一歩も出ずに待機していた。

ある日、いつも不機嫌なジンからメールで、「一杯やらないか?」と連絡が来た。難癖ばかりつけてまわりに人が寄りつかないあいつのそばには、いつも俺がいるばかりだった。

その日は本当に風が強い日で、窓のサッシが樹脂製の枠に当たって落ち着かない音をたてていたし、死亡事故のニュースも流れていた。外に出ると吹き荒れた風が、坂を上下する人々の使い捨て傘を折って、みんな花壇の脇につみあげてしまっていた。そして俺のヒザから下に、雨粒をたたきつけた。

傘を半開きにして走っては、どこかのビルの下に雨宿りすることを繰り返した。俺は山岳部に所属していた高校のころに歩いた、東北のほうの連峰の、高い尾根を思い出していた。黒い岩肌と葉のない白い幹の木々の生えた斜面で耐風姿勢をとり、一時間くらい一歩も動くことができなかった。その山行は散々たるものだった。吹雪のなかをさまよい歩いたあげく、一日たって元の地点から100m手前に戻ってしまったこともあった。最終日にはようやく晴れたが、幸運にも俺たちの前に誰かの足跡がついてなかったら、下の世界に降りるためのロープーウェイの発車時間に、間に合わなかっただろう。

横なぐりの雨のような性格のジンは、そのときから俺たちのリーダーだった。いつも連れまわされている俺。「今日は自宅待機のこと」と会社からでさえ丁寧なメールが来た。なんだってこんな日に、わざわざ駅前まで呼び出したりするんだろう。

駅前で話し場にしていたスペイン風バルに駆け込んだときには、ズボンのヒザから下はぐちゃぐちゃに塗れて重たくなっていた。ジンはまだ来ていなかった。入り口近くにいた女に、「ハイネケンを一本。」そう言った刹那、表で大きな悲鳴がした。見るとカーブを切った軽トラックが横転して、交差点のまん中に、ケースから飛び出したビール瓶が粉々に砕け散っていた。

携帯をみると、「いま駅についた!」と横なぐりのジンからメールが入っていた。俺はバルにいた人たちと同じように、もう一度、交差点のほうをよく見た。茶色いガラスのかけらが風で舞いちり、バラバラとどこかに当たる音がした。バルのなかは、雪にうまり、空っぽになった山小屋のなかのように静まり返っていた。ひっくり返った車から少し離れた場所に、小さな人だかりができていた。それでも車通りはとどころうとせず、障害物をぬって新しい流れを作り出していた。そのうち、救急車と消防車が何台もやってくるまで、俺は横断歩道の信号機と巨大な電光ディスプレイと有線放送が奏でる、複雑な音楽を聞いていた。

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2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


天使

八月、ちょうどお盆のはじまりの、よく晴れた月曜日だった。
気温は三二度はあった。時間は二時半から三時ころのことだった。僕は山ノ手線で、表参道まで来ていた。そして何も気にせず歩きながら、昼食を食べる場所を探していた。

しなければならないことは、おそらくあったが、自分に嘘をついたか、忘れたふりをしていた。何しろ太陽が気持ちよく照っていて、日光を浴びることが、僕にとっての最優先事項だった。仕事で、一日中、事務所のなかでパソコンに向かっていたから、そうしているだけで、幸せだった。欅並木とビルディングに囲まれて、肌をさらした女の子がたくさん、歩くか、何かを求めて行列を作るかしていた。その他の男たちは、彼女たちをみるか、彼女たちと歩くか、彼女たちなしで体をもてあましていた。

一人でも気楽に入れそうな店を、みつけだして入った。いまでは有名な「Epitaph」だ。

一人で、喫煙者であることを告げると、通りに面したカウンター席に通された。店の中は、床も壁も天井も黒く塗られていた。カウンターからは、目の前の道が、大きなはめ殺しのサッシからよく見えた。ランチ・メニューには、ボロネーゼやラザニアやハンバーガーなんかがのっていた。僕はステーキ・ハンバーグのセットを注文した。

日光はますます強く目の前の道を満たしていた。まるで、生まれたての天使が歩いてくるように、女の子が見えた。時々あらわれる男は、ほとんど鬼のように見えた。どの歩いてくる女の子も、ほぼ確実に、綺麗だった。丈の短いものが流行で、足は白く輝き、二人に一人はコーヒースプーンの柄のように、細い肉体を優雅にひねっていた。背が高いのに、さらに高いヒールをはいたキリンのような子もいた。さらに、はす向かいのオーガニック・ストアにいる店員の子も、とてもかわいかった。

僕は色々なことをすっかり忘れて、そういった光景をみていた。タバコなんて、吸いたくもならなかった。セットのペプシコーラ(前の日に飲み過ぎたから、ビールは自制した)とビシソワーズを飲みながら。特になんということはないが、割と最高の、合格点は軽く越えた、夏休みの一日だった。

店内は、というと、アメリカンな雰囲気だった。壁にはエルビス・プレスリーやバットマンのポスターが貼ってあった。店員はウェンディーズバーガーのマークのなかの、にきびのついた女の子のような格好をしていた。

困ったことに、店内にも、気になる女の子をみつけてしまった。後ろ姿しか見えなかったから、確かなことはわからなかったが、髪はショート・ボブで、流行のターコイズ・ブルーの服を羽織っていた。彼女の頭の上では、"Everyone, its always Epitaph!!"という形に曲げられた蛍光管が、赤く光っていた。彼女は、僕とは別のもう一つのカウンターに一人で座っていて、スマート・フォンの画面を指で撫でていた。

僕は彼女の顔をみたくなった。それで、カウンターの奥、彼女の横にある薄型テレビを見るふりをして、道をみるのと交互に、彼女を何回か見た。だが、背中しか見えなかった。

そうしているうちに、ステーキ・ハンバーグが運ばれてきた。僕はまた、大きな窓を通して天使たちを見ながら、チリビーンズとチーズののせられたハンバーグ、フライドポテト、煮込まれた野菜、パセリのふられたライスを食べた。それらは味が濃く、また最高においしかった。例えば、ビールに関していえば、飲みたいとさえ思わなかった。それくらいに。

50パーセントの確率で綺麗な子が通れば、相当確率は高いといわねばならないだろう。ましてや、向かいの古い木造民家を改修したオーガニック・ストアのまた線の細い女の子が、ふらふらと、常に姿をあらわしたり消したりして、商品を整理している。少し道から高い位置にあり、さらにこちらがハイ・カウンターになっているため、目線があわない。この店の、この席の立地、角度も、いいのだ。凝視していても、誰もこの視線関係に気づかない。様々な服、ソックス、帽子を組み合わせて身につけた、それぞれに唯一無二な天使たち。

僕は食べ終えるとショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの女の子のほうをみた。僕の席の後ろでは、僕とその子を隔てる位置で、五人組の女の子が、忙しくおしゃべりをしていた。その中にも一人綺麗な子がいたが、五人組には、正直早くどいてほしかった。背中を向けた彼女の全体像がよく見えないのだ。そうしたら、この場所が、ますます最高の場所になるのに。
自分勝手だとは思うけれど。

それはそうと、自分で出来ることをまずやることにした。それはどんなときでも大切なことではないか。僕はジンジャー・エールを追加注文し、席を立った。トイレに行く途中に、彼女の顔を、全体像を見るのだ。行きは、様子をみた。用をたした帰りに横を通り過ぎた。彼女は、とても短い、ショート・パンツを身につけていた。

そして、その足の、付け根から先まで、僕のみた位置からは余すところなく、入れ墨が施されていた。

僕は驚いた。平静をよそおって自分の席に戻った。ジンジャ・エールはまだ運ばれてきていなかった。皿も片づけられていなかった。窓の外をみながら、ラッキー・ストライクに火をつけた。

彼女の背中をを改めてみた。詳しいことはよくわからないけれど、僕が一五歳くらいだった頃、話題になったことがあった。彼らの特徴はただ一つ、両足に入れ墨があることだけだった。しかも、足の全体に施されていなければならない。付け根から、足先まで。もちろん、見せかけではいけない。渋谷の奇怪な若者ファッション。小説にかかれて、賞をとって有名になった。映画化もされた。彼らは両足の入れ墨を、互いの体を拘束しながら、互いに彫り合う。

緑色と赤色の湾曲した文様が描かれた両足を持つ、ショート・ボブで、ターコイズ・ブルーの服を羽織った女の子。小説をよんだことがあった。架空のものではないリアルな感覚が勝負どころの作品だった。でも、実際に見てみると、驚いた。

早く後ろの五人組が帰らないかと思った。窓の外の風景をみても、ピントがうまく合わなかった。吸い殻は三本になった。ようやく五人組が帰ると、彼女の後ろ姿の全体像が見えた。下半身は女性らしくくびれていて、頭は小さかった。いざ、隔てるものがなくなると、恐怖感におそわれた。

前の通りには、日光が変わらず充満していた。二つ折りの会社支給の携帯電話を開いて時刻を見ると、店に一時間ほどはいたようだった。私はレジまで行った。レジの横から入れ墨の女の子のほうをみた。

彼女が振り向いたのはそのときだった。背骨にに冷たい気体が走った。驚きで、すぐに顔をそらした。彼女の顔は、小学6年生のようにあどけなかった。道を歩くどの顔とも違っていた。なんと表現すべきなのか、とても難しい。たとえていうならば、横を向いたマネキンのようだった。そして、映画のなかで、ハンターに銃を向けられて、振り向いたカモシカのようだった。

道にでると、気持ちのいい熱気が体を包んだ。目の裏には、強い恐怖を感じた。しばらく、とらえどころのない気持ちで、通りをふらふらと歩いた。幽霊がいたら、そうさまようように。即物的な引力に引かれて、目的など全くもたずに。先ほど窓からみた女の子の何人かに会ったが、今では通りにいる女の子はみんな女の子で、入れ墨の女が、天使か悪魔のどちらかに思えた。だが当然、道には、形の善し悪しはどうであれ、綺麗な白い透き通る足をもった女の子しか、いなかった。まだ足なんて、たくさんあるのだ。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


切っ先


いま地震が起こって、突然、
自分の人生が終末を迎えたとして、
その瞬間に自分が、今、死んでもいい、と思えるのか、
あるいは、死にたくない、と恐怖を思うのか。

例えば、地下のカフェにいて、頭上のビルが基礎・構造もろとも壊れて、
結局、天井から自分の体重の千倍、万倍の重量の建材が降ってきた、
というときにどう思うのか・・・。
その死は避けることができないのだ。
突然、向こう側から、一瞬にしてやってくるのだ。
すべてが「零」に、帰っていくときがくるのだ。
積み上げてきた努力も、
払い続けてきたローンも、
書き続けてきた日記も、なにもかも、
残るであろうものだって、残るかどうかはわからないのだ。
地震から守られたものがあったとしても、それからの未来に口を出すこともできないのだ。
他人の手にゆだねるしかないのだ。



ぎゅうぎゅうの満員電車の先頭車両のなかで、
運転席のある空間と、我々のいる空間を隔てる一枚の鉄製か、アルミ製の壁面に、
体を強い力で押しつけられながら帰る。

列車の乗車率は一〇〇%をゆうに越え、一五〇、二〇〇%に近いはずだ。
過剰な量の溢れかえりのなかで、先頭、切っ先を与えられながら、
一枚の壁の向こうは、操縦席であり、ガラスの窓から先が見通せるにもかかわらず、
乗客という無権利者として、命を見えない何かにあずける。
例えば、今、同じレールのうえを、
対向するかたちで列車が走ってきたとして、
正面衝突を起こしたとしたら、
僕は死ぬのだろうが、
その防ぐことのできない死を、気持ちよく迎えることができるのか。
それとも急ブレーキがかかった瞬間に、恐怖とうらみを抱くのか。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


自由

私は投げ込まれ、
その大きな円のなかを自由を奪われて泳ぐ。
現実で欲しかったあれほどまでの自由を、ひとにぎりも手に入れることができずに。

まわりには隣人たちがとり囲み、
「かわいそうに」「かわいそうに」と口々に声をかける。

私はますます強く泳ぐ。
だが水流は比例するかのように、その渦巻く力を強めるばかりだ。

「かわいそうに」という声はますます強くなる。
どうしてみな私を哀れむのだろう。
水流も、筋肉の振動も、声も、疑念も、増し続ける。

滝も、
ダムも、
カヌーも、
飛行機も、
ビルディングも、
なにもない。

救いはなく、ただ増し続ける。もともとあったものごとだけが。
どうしてみな私に「かわいそうに」と言うのか、
結局わからないまま、
自由を奪われた私の筋力は次第におとろえ、

体も、
意識も、
声も、
水も、
頭蓋骨も、
すべてがひとまとまりに絞られて、
渦のなかに突入していく。

「かわいそうに」「かわいそうに」「かわいそうに」
彼らはなにも、教えてはくれない。


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012


思い出

夢・目標・一生の仕事
そういった達成出来るか不明の概念に片道切符を持ち突き進むことが
人生だとはもう思えない

舟が出発したときは確かにあった満月は
すぐ地球の裏側に姿を消して
今度は背面から太陽の光がもの凄い速さであらわれた

それでも僕らは
「適当な手段を用いて自らの目的を追求」しなければ人たりえず、
その「手段を誤れば」たちまち「代償を支払わされる」

どの孤島であっても「何か職務について」いれば
「それがどんなにつまらない仕事であっても、大きな物質的利益が得られ」るのだ

囚人は星座を一人目指したが
もはや太陽と青空と一面の海原が広がり
周囲には名も知れぬ島々が二三個見えるのみだ

僕は思い出す、「その通り」にしていた頃を
「というのも」僕たちは「もうおしまいで」
「世界の果てにおり、なすべきことはただ一つ、従うことなのを感じていたからだ」

最低限の人間の尊厳を
最低限の生きていくことに必要な知識を
渇望して手に入れられるかもわからず
死にたいと発狂した一人の男が
いま意気揚々と夜空に向かって出航し
昼光の最中、自由に目をくらますとは
恥ずべきことだ

知ったことをいうね、とトビが嘆く
孤島で羽を休め、卵をうみ、地球を半周する生息
風を読み、海原を滑空し、魚を捕り、木に降り立つ技術
足は細く丈夫で、翼は彼らに与えられた報酬だ
それにトビは群れで行動する

この海原より、あの星座より
名もなき孤島や、恐ろしい監獄のほうが
もし人生が思い出作りにすぎないならば
最適地にふさわしいということになるのだろう

著者注
※「」内は引用 プリーモ・レーヴィ(竹山 博英 訳)『アウシュビッツは終わらない―あるイタリア人生存者の考察 』(朝日選書)


2012.12.29(Sat) - 詩と作文 2012





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